母親に「30過ぎなのに品がない」と叱られて……プウ美ねえさんが語る「大人の品」とは何か
家族関係、恋愛、夫婦関係、仕事、結婚、介護、人生……サイ女読者のお悩みに“プウ美ねえさん”こと熊田プウ助が、いつもそばに置いておきたい“エプロンメモ”とともに回答します。
<今回のお悩み>
「どうしたら『品』を身に着けられますか?」
実家に帰ると、母親からよく「30過ぎなのに品がない」と叱られます。落ち着きがない、ガサツというような意味かなと思うのですが、どうしたら「品」というものを身に着けられますか? いつも上品なプウ美ねえさん、教えてください(33歳、カネコ)
【プウ美ねえさんの回答】
自分を上品だとおもったことはありませんが、人様の行為をみて、お下品だなと心をいためたり、上品さに心あわられたりすることはあります。
他人のきもちを意識しない自分本意な行為をみると、とくに「品がないな」と感じるものです。貧乏ゆすり、汚く食べる、自分のためのウソやいいわけなどはどうやっても上品に見えません。かといって、ただ何もせず身をつつしむだけでは上品とは言えません。品があるひとは本人ものびのびと優雅で、なおかつ他人を不快にさせない、バランス感覚があるのです。つねに人の視線を意識して周囲をなごませるよう心がけていれば、自然に品が生まれるのではないでしょうか。目は心の窓、わずかな表情のやりとりでも気持ちは伝わるものです。引かれたらやめる、たのしんでもらえたら押す、その呼応です。
ここから先はファンタジーとしてお読みください。たとえば駅やデパートなどの紳士用お手洗いで甘やかな視線がかわされたあと、男性ふたりが一緒に個室に入ることがあるかもしれません。そのようなときに無言で相手の要求を汲み(おおきな声をだすと通報されます)、もてなし、自分も楽しむ。見えやすい角度、接触しやすい体の向きをかんがえる、あるいはあえて荒々しく衣服を脱がせ、呼吸に合わせて体をうごかす。そのように思いやりが具体的な行為に現れていると、品が感じられるものです。そして行為のあとは周囲を拭き清め、静かに退出して「あそこは発展場だ」と無駄に知らしめない。狭い個室で一期一会の喜びを満喫すると、おねえさんはいつも茶室でのお点前のようだなとかんじるものです。いいえ、あくまでファンタジーです。
【今月のエプロンメモ】
お母様のようなちかしい人に対しては、ついつい甘えて気遣いを忘れることがあるかもしれません。家族であっても相手の快不快をかんじる努力をして、もてなす気持ちで接してごらんなさい。他人行儀のようですが、それをできることが30過ぎらしい大人の品であります。
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