ジャニー氏亡き後にキラキラと輝く、いま最も美しいジャニーズJr.「少年忍者」
人の死は、当たり前にあった存在がなくなる喪失感などにより、後になってじわじわと感じられるもの。ジャニー喜多川氏の死もまた、報道された時点ではあまり実感が持てず、ネット上に溢れるジャニオタのたちの「自担を見つけてくれてありがとう」といった感謝コメントを冷静に、不思議な思いで眺めていた人は少なからずいたのではないだろうか。
だが、ジャニー氏が本当にいないんだとしみじみ感じるのは、彼の息吹を茶の間で最も濃厚に感じる『ザ少年倶楽部』(BSプレミアム)の変化から。特にそれは、ジャニー氏の生前、その直轄にあり、ジャニーズアイランド社長・滝沢秀明氏のマネジメント下にいなかったと思われる2組、美 少年と少年忍者の露出の変化に見られる。
結成当初は赤ちゃん顔で足長の佐藤龍我が、ジャニー氏現役終盤には歌担当として岩崎大昇がグループのセンターに立つことが増えた。しかし、ジャニー氏が亡くなってからは、グループ内の人気が1・2位である浮所飛貴と那須雄登、通称「うきなす」の2人がセットで露出する機会が増えた。本来、人気の高い2人の露出が増えることは当然であり、喜ばしいこと。しかし、そこに感じられるのは、「ジャニー臭」ではなく、嵐・櫻井翔をはじめとした「高学歴好き」とうわさされる「ジュリー臭」である。
また、ジャニー氏が亡くなった後、最も危ぶまれたのが、少年忍者の処遇だった。何しろ「少年」というものに興味がある人間が、ジャニー氏以外、ジャニーズ事務所に存在しているとは到底思えない。
ジャニー氏が力を入れまくり、いじりまくってきたのが「忍者」である。14人体制の「ちびっこ忍者」から始まり、「少年忍者」となり「7忍者」を経て、そのメンバーからヴァサイェガ渉、川崎皇輝、北川拓実、元木湧、内村颯太が選抜して作られたチーム「5忍者」。メンバーが大勢いる「少年忍者」と選抜メンバーの「5忍者」は別モノとして活動した後、元木湧を除き、ブランデンを入れた「5忍者」にヌルっと変更。