なぜ人は「エセ科学」にハマるのか? マイナスイオンへの“無批判”が孕む危険[朱野帰子インタビュー]
――エセ科学にお金を出す人を、賢児は「未開人」と言っています。「それはデタラメだ」と言っても通じない。
朱野 エセ科学そのものを叩いても意味がないと思っています。なぜその人がエセ科学を信じるに至ったかという“ストーリー”に向き合わなければ、根本的解決はできないと思います。一人ひとり違うから大変ですけど。手っ取り早く論破したくなりますが、やればやるほど向こうを向かれてしまう。寄り添ってくれる人の方がいいに決まってます。
この小説を書き始めた頃に、エセ科学を論破する本を何冊か読みました。中には「理系の頭のいい男性が文系の無知な女性を救う」という構図をとっているものがあって、嫌な気持ちになったこともあります。なぜかというと私も同じ構図で家族に説教することがあるから。私は女性ですが、「賢い私が教える」モードになることはあります。水素水がスーパーマーケットで出されていたりするのを見ても、「この未開人どもが」とスイッチがつい入ってしまう。
――論理的に諭すほど、エセ科学にハマっている人はそっちに向かってしまう。難しいですね。
朱野 うちの祖母は生前「いいことをしていればガンにならない」と言っていたそうです。「なんて非科学的なんだ、悪いことをしたからガンになるわけじゃない」と言いたくなりますが、祖母は戦争中、目の前で夫と幼い子を亡くしています。壮絶な体験を経て、大事な人が再び死ぬのではないかという恐怖から逃れるために「いいことをしていれば……」と言っていたのかもしれない。それに対して「非科学的だ」という言葉はあまりにも冷たい。
科学を尊敬しているからエセ科学にハマる
――エセか否か見極められないのは、学校教育との関係もありそうです。学校で、賢児の姉が光合成について質問すると、「説明してもお前になんかわからない。それよりスカートが短すぎる」と取り合ってもらえない描写がリアルでした。
朱野 勉強嫌いな子だって、どんなに学力が低い子だって、理科のすばらしさを知る権利ってあると思うんです。「なんで光合成ってあるんだろう」「葉緑体って何?」「それは生き物なのか? 細胞なのか? 無機物なのか? 何なんだろう?」という好奇心を持ったとしても「そんなのはいいから、覚えなさい」って言われるのが学校教育ですよね。でも多くの人の心の底には科学への憧れや興味が残っているはずなんです。だから科学的な文句に惹かれてしまう。科学に興味がない人はエセ科学にも興味を持ちません。
――朱野さんは、この商品や情報は怪しいと思ったとき、どのようにジャッジしていますか。
朱野 私の場合は、Twitterでフォローしている人がエセ科学と戦っていたり、科学機関に属していたりするケースが多いです。こういうエセ科学がはやっている、という情報が頻繁に回ってきます。科学が好きな人たちの近くにいるっていうのは、対策のひとつとしてあると思います。それから、自分と正反対の意見にも頑張って耳を傾けること。
また、大好きな科学者の研究発表であったとしても、疑ってみること。国民はスポンサーですから、「これお金いくらかかったんだ?」「不正はしていないかな?」とチェックする権利もあると思います。エセ科学との戦いは冷たくて厳しいんです。
朱野帰子(あけの・かえるこ)
1979年、東京生まれ。マーケティング会社に7年勤務した後、09年に『マタタビ潔子の猫魂』(KADOKAWA)でデビュー。ドラマ化された『海に降る』(幻冬舎)『わたし、定時に帰ります。』(新潮社)ほか、『くらやみガールズトーク』(KADOKAWA)など多数。