カルチャー
朱野帰子インタビュー

なぜ人は「エセ科学」にハマるのか? マイナスイオンへの“無批判”が孕む危険[朱野帰子インタビュー]

2020/01/14 18:00
サイゾーウーマン編集部
『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』(文藝春秋)

 小説『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』(文藝春秋、『賢者の石、売ります』から改題)について、ネット上で興奮の声が次々と上がっている。「エセ科学ネタがたっぷり詰め込まれてて、面白かった」「パワーストーン、自然分娩・母乳育児周辺、がん代替医療と全部盛り。物語の構成がすごい」など、エセ科学やトンデモ科学に引っかかりを覚えたことのある人々から、絶賛を浴びているのだ。

 科学ファンの賢児は、仕事でエセ科学の美容家電を扱うことになり、家でもパワーストーンや代替医療に傾倒する母や姉に囲まれる。それらを正論で否定し続ける賢児は、職場や家族から疎まれていくが、次第に賢児の「科学」を信じる心にも変化が訪れる――。そんな物語を執筆したのは、ドラマ化されて話題になった『わたし、定時で帰ります。』(新潮社)などの作品で知られる朱野帰子氏。なぜ、人はエセ科学にハマってしまうのか? エセ科学の「生温かさ」とは? 朱野氏に話を聞いた。

――『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』。理系の研究者方面からの反響も大きいようですね。科学界をテーマにした小説とあって、理系と文系を股にかけたような作品です。

朱野帰子氏(以下、朱野) 私自身は超文系なので、股にはかけてないです(笑)。でも小さい頃から、うっすら“科学好き”ではありました。『NHKスペシャルシリーズ 人体』を録画して見たり。中学の理科の先生がすごく面白い方だったので、理系に進みたいと思ったこともあったんですが、数学の成績は下から数えた方が早いという感じで。ちょうど『動物のお医者さん』(白泉社)もはやっていて、微生物を培養する人になりたいと思ったんですけどね。職業としてやっていけるだけの得意分野ではないな、と思ったので、書く方に行ったんです。

 2000年代の後半、私が20代最後の頃に小惑星探査機「はやぶさ」が小惑星のサンプル採取に成功したり、中川翔子さんが「しんかい6500」で深海に潜ったりして、科学ブームが起きました。一般人も科学に親しみを持てるニュースも増えて、そのあたりから私の科学を好きな気持ちも再燃しました。

――今回、エセ科学をテーマにしたきっかけは?

朱野 「エセ科学の話を書きませんか」というお話をいただきまして。科学に詳しい人がエセ科学をばったばったと斬っていくような話を想定されてるんだろうな、と思ったんですけど、自分は理系ではないし、会社員時代にはエセ科学商品に関わったことがありますし。

 出版社だって、怪しい健康記事や、エセではないにしても気休めにしかならない健康本を出していますよね。血液型占いも広義な意味でのエセ科学。エセ科学商品を売ることに加担せずに生きていけるのは科学者くらいじゃないでしょうか。だから白が黒を一方的にやっつける物語ではなくてその境界に生きている人たちを書きたかった。エセ科学にハマってしまう人たちと生きていかなければならなかったり、科学者自身もエセ科学に騙されることがあったりという、あるがままの世界を。

――科学者や科学ファンが騙されたケースとして、本書にSTAP細胞の一件が出てきます。

朱野 一般の人にとっては、STAP細胞に強い興味も持たないまま「科学者も騙されるんだな」という印象とともにあの騒動は終わったんだと思います。でも、科学ファンの私はかなりのショックを受けました。莫大な税金を使って研究している研究者たちから「論文不正なんていっぱいある」「なんであの事件だけマスコミは取りあげるんだ」という発言が出たり、「いちいち関わっていたら研究する時間がなくなっちゃうよ」という意見が出たりするのを見てしまったから。

 理化学研究所は科学界最高峰の機関です。にもかかわらず、不祥事へのリスクマネジメント体制が全くできていなかったことにも驚きました。研究者の性別を前面に押し出すこと自体、一般企業に勤める人たちの目には、危なっかしく映ったことと思います。あの事件によって日本における「科学者の権威」は失墜したように思います。それが、今のエセ科学ブームにつながっているとは単純には言えませんが。

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