カルチャー
【特集:安倍政権に狙われる多様性ある社会】

“教育の憲法”教育基本法を改悪した安倍政権の狙いは?――「自己責任論」の徹底で縮小された教育行政の責任

2020/01/27 16:35
小島かほり

――安倍政権による「改悪」と評されることの多い教育基本法ですが、どういった問題点があるのでしょうか?

広井 旧教育基本法は戦前の軍国主義教育への反省から生まれた法律であり、国家権力や政治が教育をゆがめ得ることに対して自覚的な法律でした。安倍首相としては、そのことが不満だったのでしょう。新教育基本法で変わった点はいろいろあるのですが、こうした点に関わっていて私が関心を寄せているのは以下の4点です。

 まず1つ目は、よく言われることですが、教育の目的として、「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと」や、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する(略)態度を養うこと」という条文が新たに挿入されたことです(第2条)。前文にも「公共の精神」と「伝統」が書き込まれています。学校教育の目標がこのように定められた結果、武道の必修化や道徳の教科化が行われました。

 2つ目は、教育行政の目的や任務に関してです。教育行政について定めた旧法第10条は、「教育は不当な支配に服することなく、 国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」とし、教育行政の目的は「諸条件の整備確立」と規定していました。それに対し新法第16条では、「国民に対し直接に責任を負って」という文言が削除され、「法律の定めるところにより」に変わりました。抽象的な条文でわかりにくいのですが、ここで想定されているのは、道徳教育を含めた教育内容の問題です。新法では、教育行政が「法律の定め」により、教育内容に直接関われるようにすることを意図しています。

 3つ目は、教育に関する責任についてです。旧法に記載された「責任」は、前述した教育行政の「国民全体」に対する「直接責任」だけです。教育行政は国民全体に対して直接責任を持って行われるべきものだったのです。それが新法では、「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有する」という条文が新たに設けられました(第10条)。また、学校、家庭、地域住民などが、「教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする」という条文も規定されました(第13条)。

 一方、国と地方公共団体に関しては、「義務教育の機会を保障し、その水準を確保するため、適切な役割分担及び相互の協力の下、その実施に責任を負う」と規定するだけです(第5条3項)。国と地方公共団体がすべきことはそれなりに書かれているのですが、責任については、ほかには明記されていません。教育行政は義務教育の「実施」については責任を負うものの、教育に関して「第一義的」に責任を負うのは親だということにしたのです。

――「第一義的責任」は親としながらも、「第二義的責任」の所在はどこにも明記されていません。

広井 そうですね。親が子どもの教育に責任を持つのは当たり前だと思われるかもしれませんが、親の「第一義的責任」という文言は、00年代に入る前の法律にはありませんでした。それが今や、国、自治体、家庭の関係を再編するための重要なキータームになっています。

 わかりやすいのは児童福祉法です。1947年制定の児童福祉法第2条は、「国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う」と規定していました。かつてはこのように、国は親とともに子どもを「健やかに育成する責任」を負っていました。しかし、2016年の改正で、この条文の前に、「児童の保護者は、児童を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負う」という規定が挿入されました。これについて、厚生労働省は責任の所在を明確にしたと説明しています。国や自治体の責任を、親が責任を負えない場合に限定したということです。

 責任の所在という点では、子どもの貧困対策推進法(13年制定)も重要です。同法第3条は、「国は子どもの貧困対策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する」と規定しています。同法の制定によってさまざまな対策が行われるようになったのですが、法律上、国が負う責任は貧困対策の「策定」と「実施」であって、子どもの貧困を減らすことではないのです。ですから、子どもの貧困率が上昇しても、国は責任を問われずにきました。

 「政治は結果責任」のはずなのですが、このように近年の法では国が政策の結果に責任を負わなくてもいいかのような条文になっています。それは、子どもの教育は親に「第一義的責任」があるということを法律上に明記するようになったからだと思います。

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