カルチャー
【特集:安倍政権に狙われる多様性ある社会】

“教育の憲法”教育基本法を改悪した安倍政権の狙いは?――「自己責任論」の徹底で縮小された教育行政の責任

2020/01/27 16:35
小島かほり

――まず2006年の教育基本法「改正」についてうかがいます。当時、教育基本法を変更すべき事案や世論、つまり立法要件はなかったように思います。どのような経緯で「改正」に至ったのでしょうか?

広井多鶴子教授(以下、広井) 確かに教育基本法を改正すべきだといった世論の盛り上がりはほとんどなかったですね。それでも改正に至ったのは、安倍首相をはじめとした保守派の長年の執念によると思いますが、それを可能にした契機となったのが、1997年の神戸連続児童殺傷事件(以下、神戸事件※1)です。

――当時14歳の少年による凶行が、教育行政に衝撃を与えたということでしょうか?

広井 今となっては、その当時もその後も少年犯罪はまったく「凶悪化」しておらず、それどころか、軽微な犯罪ですら急減していることはデータを見ても明らかなのですが、事件当時は国や自治体はもちろん、マスコミも研究者も世論も、少年犯罪の「増加」「凶悪化」「低年齢化」を疑いませんでした。そうした狂騒の中で、国は「今の子どもは規範意識が低下している」「家庭が問題だ」「教育を変えなければならない」と、教育基本法改正に向けて機運を高めたのだと思います。

――神戸事件を契機に、国の政策はどう変わったのでしょうか?

広井 神戸事件以降、問題は家庭教育にあるとして、家族への介入を強める政策へと方向転換しました。それ以前の96年の中央教育審議会答申は、家庭教育が「すべての教育の出発点」であるとしつつも、「行政の役割は、あくまで条件整備を通じて、家庭の教育力の充実を支援していくということ」だと述べています。また、しつけや学校外の巡回補導指導など、本来家庭や地域が行うべきことまで学校が担っているとして、学校の「スリム化」を主張します。この頃まで国は、子どもの教育を家庭の「自己責任」と見なして、学校の役割や公費支出を「スリム化」するとともに、国や自治体が家庭に関与することを抑制してきたのです。

 それが、神戸事件後の98年に出された中教審答申「新しい時代を拓く心を育てるために」では、一転して家庭教育に対する提案を多数書き込みます。学校に関しても、「学校は道徳を教えることをためらわない」という方針が打ち出され(教育改革国民会議「教育を変える17の提案」00年)、学校スリム化論から転換します。

 “家庭が教育の原点であり、親に第一の教育責任がある”という認識は従来と変わらないのですが、かつてはだから「自力でやれ」と言っていたのが、今度はだから「支援する」(介入する)ということになったのです。教育基本法改正後の06年、内閣に「教育再生会議」が設置され、「社会総がかりで教育再生を」というスローガンが掲げられますが、90年代末から「社会総がかり」で親に自らの責任を果たさせる政策へと転換し始めたのだと思います。

――90年代末というと、保守政治家・市民団体によるフェミニズムへのバックラッシュが激しくなった時期です。親学推進協会の会長である高橋史朗氏は、バックラッシュにも加担している保守派言論人ですが、なぜ保守派は教育に関与したがるのでしょう?

広井 「保守」というのは、個人よりも国家を上位に置き、国家に対する道徳的な忠誠や恭順、つまり愛国心によって国民を統合しようとする思想だと思います。そのため、保守思想では道徳教育が国家に対する愛国心を育成する手段として位置づけられ、家族が国民統合と統治のための「基礎単位」と見なされてきました。そうである以上、保守としては道徳教育と家庭教育に関心を払わないわけにはいかないのでしょう。

 保守というと、日本の変わらない伝統を守る思想であるかのように思われていますが、保守思想が重視する「国家」も「教育」も「家族」も近代の産物です。伝統は近代社会の「発明品」だとする議論がありますが、たとえば、保守派が日本の伝統だとする夫婦同姓は、周知のように明治以降西欧から導入された制度です。一夫一婦制もそうです。つまり、保守というのは、明治以降の近代化によって作られた日本という国民国家に対する忠誠を、教育や道徳や家族によって涵養(かんよう)しようとする、信念・思想といえるのではないかと思います。

※1 1997年に、当時14歳の少年が起こした、2件の殺人と1件の傷害事件。残虐な犯行と、センセーショナルな犯行声明文などで世間を震撼させた。2000年の少年法改正の引き金になったともいわれている

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