コラム
“ジェンダー”を考える2019年映画レビュー

【2019年映画レビュー】『アナと雪の女王2』エルサは「生意気」? 続編で失われたメッセージとは

2019/12/31 16:30
真魚八重子(映画評論家)

 2019年に公開・配信された映画を、ジェンダーやフェミニズムの視点から紹介する本企画。第3回は、『映画系女子がゆく!』(青弓社)『映画なしでは生きられない』(洋泉社)などの著書を持つ、映画評論家の真魚八重子氏に「ジェンダー意識が高いオススメ作品」「ジェンダー意識が低いイマイチ作品」映画を聞いた。

第1回……フェミニスト視点で「オススメ」「イマイチ」作品は?/武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授・北村紗衣氏
第2回……劇場版『おっさんずラブ』に学ぶ、LGBTを“線引き”しないということ/男性ジェンダー研究家・國友万裕氏

ジェンダー意識が高いオススメ作品

『天才作家の妻 40年目の真実』……女性を取り巻く環境がリアルに描かれた、「答え」のない作品

 2019年に公開された『天才作家の妻 40年目の真実』は、男性が抱く女性への複雑な感情に根差した映画だった。「女には自分(男)より下でいてほしい」という利己的な欲求、女が作り出す創作物は男性優位社会では評価されないため、「男からの評価を得るためには女の名前では作品を発表できない」というミソジニーの構造。そんな女性を取り巻く状況が、本作の設定の裏付けとなっていた。

 コンプライアンスへの配慮や、「#MeToo」運動が日本でも盛んになった19年。それゆえに『天才作家の妻 40年目の真実』は、効果的な問題提議の作品であった。日常でも実際、気を抜くと男尊女卑の感覚が顔をのぞかせる男性はいる。しかし、差別に敏感な時代ゆえ、そういった言動が悪目立ちするようにもなった。それでも残念ながら、いまだにそういった男性は多く、女性は頻繁に小骨が喉に刺さるような思いをしているのだ。

 つい数日前も、お世話になっている映画雑誌のTwitterアカウントが、「キャーキャー言う女を喜ばしていたら俺らはダメになる。カメラの奥にいる男の客を笑わさないと」という旨の、島田紳助の過去発言を記載したツイートに「いいね」しているのがタイムラインに流れてきた。その雑誌も制作において、さまざまな形で女性が携わっているのに、いまだにそういう認識なのかと失望が込み上げる。

 こういった「女が理解できる程度のものはランクが落ちる仕事だ」という発言は、昔から多い。以前も知人の映画プロデューサーが、あるピンク映画の感想で、「ゆるい出来なので、まあ女性客向けかも」と書いていたことがあった。なぜ「出来の悪い映画」なら「女が楽しめる」と考えるのか、不思議でしょうがない。そういった考えを持って映画制作に臨めば、当然、目の肥えた女性客からは質の低さゆえに見放されてしまうのに。

 そしてつい今しがたも、何気なく観ていたお笑い番組で、闇営業による謹慎が明けた芸人が「これからは女性や子どもに訴える笑いをやっていきたい」と言っていた。こういう発言は些細なものだけれど、「おんな子どもは当たり障りのない、ぬるいもので喜ぶだろう」という手加減であり、「男にウケるソリッドな笑いとは逆を狙う」といった意味を指すのは、想像力があればわかるはずだ。

 娯楽を消費する際に先立つのは、性別よりもっと根本的な人間性の部分だ。つまり、男性がつまらないものは当然、女性にとってもつまらない。もし創作者が「自分としては手応えのないネタだけど、女を喜ばせるならこの程度でいいだろう」と考えて作品を世に発表した場合、残念ながら、スクリーンやテレビの奥にいる女性は楽しんでいない。なぜならそれは、ただ単に「手を抜いたぬるい作品」であって、性別関係なく、まともに取り合う価値のない出来だと判断されるからだ。「男が楽しむものは女に理解できない」「女はそれなりのものでも喜ぶ」という思い込みが横行する中で、女性が作り手に回って実のあるものを手掛けても、「女がこんなことできるはずない」と正当な評価を受けられないことは、想像に難くない。

 あらためて『天才作家の妻 40年目の真実』の話に戻ろう。この映画は、作家である夫のジョゼフ・キャッスルマン(ジョナサン・プライス)がノーベル文学賞を受賞するところから始まる。この知らせを受けるも、妻のジョーン・キャッスルマン(グレン・クローズ)は心の底から喜ぶことができない。なぜならば、小説を書いてきたのは影武者である彼女だったからだ。女性の手掛けた小説が真っ当に評価されない時代の中で、ジョーンは夫の名前で作品を発表するしかなかった。一方、ジョゼフは才能がないのに、小説家志望だった若かりし頃のジョーンに、作家のノウハウを教える。そして、男女格差社会のひずみにつけこんで、ジョーンの作品を自分の名前で発表するように仕向ける。そしてその後も、名声を利用して女遊びに明け暮れながら、ジョーンの才能を搾取し続けていた……というストーリーだ。

 女性というフィルターがかかった途端、「女が男の領域に入ってくるな」といった露骨な嫌がらせを受けたり、作品の質にかかわらず正当な評価をされなかったりという経験は、何かしらの創作を行っている女性なら、大なり小なり経験していることだろう。個展に現れて若い女性美術家に教え諭そうとする「アドバイスおじさん」も、女性創作者の作品を下に見ているのと同時に、その女性と関わりたい欲望を秘めた、非常に面倒な存在だ。それは「教える」という自意識に満ちた態度となるし、時に女性嫌悪に端を発した、攻撃的な態度として現れたりもする。ジョゼフのジョーンに対する支配欲は、まさにその典型だ。

 『天才作家の妻 40年目の真実』は、こうした才能ある女性への抑圧と嫌がらせという、リアリティのある設定となっていた。ラストでジョーンが真実を明かすか否かの展開は、観る人によって賛否が分かれると思うし、どこか苦みが残るオチは後を引く。この映画が提示する不平等について、多くの当事者である女性たちにとっての正しい解答が知りたいものだ。

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