カルチャー
インタビュー【後編】

【森下くるみ×伊藤和子弁護士対談】AV業界の問題を浮き彫りにしたのは外部の声「無関心」という悪

2019/12/27 19:00
池守りぜね(ライター)

――ギャラについて、疑問を抱いたことはありますか。

森下 メーカーから事務所にいくら支払われたのか、まったく知らされていなかったです。19歳の頃かな、マネージャーに「ギャラを上げてくれ」と申し出たら、「業界の常識でいったらそんなことできないけど、何とかしてみる」なんて言われて、ほんの少しだけ上げてもらえて、それっきりです。

伊藤 私が知っている事例では、実際に支払われたギャラが、作品の販売収益額の100分の1っていうケースもありましたよ。メーカーとプロダクションとの契約はあっても、プロダクションと女優さんとの契約はまちまちのようで。

森下 むごいですね。今は契約書必須の時代だからいいけれど、それこそ20年前、女優同士で連絡先を交換させないようにしていたプロダクションもあって、つまりギャラとか都合の悪い話が漏れないようにってこと。月に何本も撮影の入るような売れっ子の女優さんから「1本あたり数十万円くらいしかもらっていない」と聞いた時は、さすがにちょっとそれはかわいそうだ……って思いました。「事務所を辞めなよ」とは言えなかったですが。

――AV女優同士の関係の希薄さが、連帯を生みにくくし、権利や訴えを起こしにくくしているんですかね。

森下 いや、単純にみんな「業界ってそんなもの論」を飲みこんじゃってたんじゃないかなって。「お金のことは言ったら悪いかな」っていう人間関係ができていたような気もします。会社(AVメーカー)があって、自分(AV女優)もいる、自分がいるから会社も潤うみたいな、依存ではないですが、お互いに共存している部分が大きかったのかもしれない。私も基本的には自分のために頑張っていたけど、女優として活動することで、会社やスタッフに還元できればいいなとは思っていましたし。

AV女優を守るためには

――伊藤弁護士がAV強要問題に取り組んでいく中で、業界の雰囲気に変化はありましたか?

伊藤 最初に調査報告書を公表した時には、「そういう事例はありません」みたいな風潮でしたね。活動を始めて数カ月たってから、強要の被害を訴える女性や、ギャラの問題、二次使用の問題など声が内部から上がってきました。二次使用についてもギャラが支払われるようになったり、前進している部分もあると思います

――改善すべき点は、どういう部分でしょうか。

伊藤 性行為をするので肉体的負担があります。にもかかわらず、性病の検査は、女優持ち。危険な撮影でも、保険に入っていないというような労働環境なんです。そのような労働環境についての問題はまだまだありますね。

森下 強要問題をきっかけに、AV業界の外にいる人たちによって、ようやく業界内の規則ができたという経緯があるので、この先、放っておいても特に何も変わらないと思うんですね。監督や女優さんが個人で性病検査なりを受けても、認知の限界がある。プロダクションだけでなく、大手メーカーなどにも“自発的な”対策を考えてほしいところです。その方が、一般社会や業界内部、お客さんにまで影響を広げられると思うので。

――元AV女優という立場から、AV業界を改善していくとすればどのような活動を行いますか。

森下 完全引退して10年くらいたっているので、今の現場や女優さんの状況についてはまったくわからないし、活動を行う予定もありません。ただ、現状のAV女優さんを知った上でなら、現場でのトラブル対策とか、引退後の生活のこととか、何でもアドバイスはできると思います。AV女優は今や何千人もいて、ギャラが数万円の人から数百万の人までさまざまです。中でも、「後悔してるけど誰にも相談できなくて苦しい」という方のお話は聞いてあげたくて。そういうのはメーカーや事務所は何もしてくれないから、いたたまれないですよ。

――現在のAV業界を見たとき、どのように感じていますか。

伊藤 AV強要問題については、前進はしている部分もあると思っています。でもそれが、AV女優さんの抱える問題の全体の10%なのか、30%なのか、全てを把握できてないんです。そういったことも含めて、業界は真摯に考えていってほしい。女優さんも横のつながりが分断されているようなので、森下さんみたいな人に声を上げていただけると、困っている人を励ますことにもなるので、そういうのが大事だと思います。

伊藤和子(いとう・かずこ)
弁護士 国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長
1994年弁護士登録。女性や子どもの権利、えん罪事件、環境訴訟など、国内外の人権問題に関わって活動している。2004年に日弁連の推薦で、ニューヨーク大学ロースクールに客員研究員として留学。06年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外の深刻な人権問題の解決を求め活動中。また、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々奔走している。近著に『なぜ、それが無罪なのか 性被害を軽視する日本の司法』(ディスカヴァー携書)ミモザの森法律事務所(東京)代表

森下くるみ(もりした・くるみ)
文筆家 1980年秋田県生まれ。『小説現代』(講談社)2008年2月号に短編小説『硫化水銀』を発表。初の著作『すべては「裸になる」から始まって』(講談社文庫)は2012年に映画化、2018年に電子書籍としてkindle singlesで発売。他の著書に『らふ』(青志社)、『36 書く女×撮る男』(ポンプラボ)、『虫食いの家』(kindle singles)など。現在は季刊誌『東京荒野』で育児考察を、dancyu webでは食について連載中。執筆は映画誌への寄稿や書評まで多岐にわたる。

池守りぜね(ライター)

出版社やweb媒体の編集を経て、フリーライターに。趣味は家族とのプロレス観戦、音楽フェス参戦。プライベートでは女児の母。

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最終更新:2019/12/27 23:25
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