パルムドール受賞『パラサイト』を見る前に! ポン・ジュノ監督、反権力志向の現れた韓国映画『グエムル』を解説
【物語】
ソウルを流れる漢江の河川敷に、突然得体の知れない怪物(グエムル)が現れて人々を襲い始める。瞬く間に修羅場と化す河川敷。父ヒボン(ピョン・ヒボン)の売店を手伝うカンドゥ(ソン・ガンホ)も中学生の娘・ヒョンソ(コ・アソン)を連れて逃げるが、手違いからヒョンソをグエムルにさらわれてしまう。携帯電話の着信で娘の生存を知ったカンドゥは、父、妹ナムジュ(ぺ・ドゥナ)や弟ナミル(パク・ヘイル)らとともに怪物からのウイルス感染を理由に隔離された病院を脱出し、ヒョンソを救うべくグエムルに立ち向かっていく。
(※この先、作品ネタバレに関する記述があります)
ありがちな怪獣映画のようにも見える本作がここまで大成功を収めた背景には、グエムルのリアルな造形や家族愛の物語など娯楽映画としてのクオリティもさることながら、韓国現代史を盛り込んだ社会批判的メッセージを、ポン・ジュノらしいわかりやすさで提示したことが大きいといえるだろう。実際、映画を観た観客が「反米的」と口をそろえたように、2000年2月に米軍が毒物(ホルムアルデヒド)を漢江に垂れ流すシーンから始まる本作は、まさにその時期に米軍が起こした事件を再現している。だがここでは、あからさまな反米的オープニングに監督の主眼があるのではない、という点を明らかにしたいと思う。
オープニングに続いて、「2002年6月」の字幕とともに、2人の釣り人が奇形の生物を目撃しつつも取り逃してしまう様子が簡潔に描かれ、米軍が垂れ流した毒物がとんでもない怪物を生んだことが暗示された。その後「2006年10月」では、ひとりの男が橋の上から飛び降り自殺を図ろうとしている。川面をじっと見つめていた男は、その奥に何かがうごめくのに気づき、自殺を止めようとする仲間に向かって「お前ら見たか?」と問い、「見なかったか? おめでたい奴らだ」とつぶやいて身を投げる。男の体が吸い込まれていった水面の奥から、タイトル『괴물(グエムル)』の文字が浮かび上がり、主人公たちの登場シーンに移ることからつい見逃してしまいがちだが、男の最期のセリフには、なにか引っかかるものを感じる。日本語字幕はニュアンスを生かして意訳しているが、直訳すると「どこまで鈍いやつらなんだ」となるこのセリフは、グエムルの存在だけではない、「何か別のこと」を観客に向かってにおわせているようにも聞こえるからだ。
私たちが見逃した、そして監督が伝えたかった「何か別のこと」の答えはすぐに見つかった。タイトル直後、店番すらできないカンドゥと、そんな息子に手を焼く父親に続いて、制服姿のヒョンソが登場した瞬間、何げなく通り過ぎていった「2002年6月」の文字と目の前の女子中学生が、まるでパズルの断片のように結びついたのだ。その答えは、2002 FIFAワールドカップ(日韓ワールドカップ)の熱狂のさなかに起こった、米軍の装甲車による女子中学生轢死事件である。
02年6月といえば、W杯の真っただ中で、自国チームのベスト4進出に韓国全体が異様な盛り上がりを見せていた時期だった。メディアは朝から晩まで、チームの躍進に沸く国民の熱狂ぶりをわれ先にと報道していた。しかしW杯に目を奪われていたその裏で、韓国国民は悲しい事件を見逃していたのである。ソウル近郊で、狭い道路をすれすれに通る米軍の装甲車によって、逃げ場を失った2人の女子中学生が死に追いやられた「シン・ヒョスン、シム・ミソン轢死事件」だ。