芸能
[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

パルムドール受賞『パラサイト』を見る前に! ポン・ジュノ監督、反権力志向の現れた韓国映画『グエムル』を解説

2019/12/27 18:00
崔盛旭

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

 2019年のカンヌ国際映画祭で、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が最高賞であるパルムドールを受賞し、前年の是枝裕和監督『万引き家族』に続いて東アジアの作品が受賞する快挙となった。韓国国内は熱狂的な祝福ムードに包まれ、もちろん映画は大ヒット。最近では「アメリカでも記録的なヒットになっている」「早くもリメイク決定」といったニュースが聞こえてくる中、日本でも1月10日から公開となる。そこで今回は、同作品を手がけたポン・ジュノ(奉俊昊)監督を紹介すると同時に、過去作『グエムル―漢江の怪物―』(06)を取り上げてみよう。

ポン・ジュノ監督の「反権力」志向を形成した、祖父の存在

 文学に少しでも関心のある韓国人なら、『小説家仇甫(クボ)氏の一日』などで知られるモダニスト作家パク・テウォン(朴泰遠、1909~86)を知らないはずはないだろう。そして彼が、朝鮮戦争のさなか北朝鮮に渡り、歴史小説の大家として名をはせた南北文学界の巨匠だということも。だが韓国では長い間、北朝鮮へ渡った作家、すなわち「越北作家」の作品は出版を禁じられてきた。ソウルオリンピックを間近に控えた88年、当時大学の国文学科1年だった私は、民主化措置の一環として四半世紀ぶりに解禁された越北作家の本を、書店の片隅に設けられた「解禁書特設コーナー」で手に取ったのをよく覚えている。

 「ポン・ジュノ監督の話のはずが、なぜ突然、越北作家の話に?」と思われたかもしれない。だがこれは、そうやぶから棒な話ではないのだ。実はパク・テウォンは、ポン・ジュノの母方の祖父なのである。これが韓国でなければ、偉大な作家の孫が偉大な映画監督になったという美しい話で済んだかもしれない。だが私が2人の関係を知ったとき、まず頭をよぎったのは、2人の芸術家が血縁関係だったことの驚きではなく、「連座制」という名の恐怖だった。

 連座制とは、犯罪の責任を本人だけでなく、その家族・親族にまで着せようとする前近代的な悪法だ。以前のコラムで、「韓国における反共の強度」と「アカと断罪されることの恐ろしさ」について書いたが、越北とは、アカのレッテルを自ら進んで貼るも同然で、南に残された家族らは連座制によって越北した身内の責任を取り、政治的弾圧や社会的蔑視を受けなければならなかった。その影響は就職や旅行にまで及び、越北者の家族は常に国家権力の監視下に置かれ、行動の自由を極端に制限され、各地を転々としながら、逃げるような生活を余儀なくされた人も多かった。

 この制度は1894年にいったん廃止されたのだが、1961年、軍事クーデター直後にパク・チョンヒ(朴正煕)が反共強化のために復活させた。そして80年、同じくクーデターで実権を握ったチョン・ドゥファン(全斗煥)が再び廃止したものである(彼は国民大統合のためと豪語したが、5・18光州事件から国民の目をそらすためとみられている)。しかし制度廃止後も社会的偏見は根強く残り、家族らは相当な精神的苦痛を受け続けた。実際、ポン・ジュノ監督の叔父はそんな苦しみに耐えきれず、アメリカに移住したという。

 ポン・ジュノ監督自身が連座制の影響を受けてつらい経験をしたかどうか、具体的に語ってはいない。当事者と父子関係ではないことや、母方の家系であるため、直接的な影響はなかったとも考えられる。だが、近しい人たちから連座制の苦しみを聞き知っていたであろうことは推測できる。であるとすれば、ポン・ジュノ監督が子ども心に独裁権力への抵抗を感じていたと十分考えられる。そしてそれは成長と共により具体化し、作品に投影される監督の眼差し――「反権力」「社会的弱者(監督は“ルーザー”と呼ぶ)への寄り添い」――となったのではないだろうか。ポン・ジュノ監督の作品に一貫して見られるその眼差しは、大学教授・ジャーナリスト・検事を辛辣に風刺した韓国映画アカデミー卒業制作『支離滅裂』(94)で既に明白に表れている。

 さて、本題に入ろう。ポン・ジュノ作品を紹介するにあたって『グエムル―漢江の怪物―』を選んだのは、反権力と社会的弱者への寄り添いという監督の眼差しが最もよく表れている映画だからだ。公開当時「韓国の現実を暴いた映画」「監督は誰よりも韓国を見抜いている」と絶賛され、評論家たちも賛辞を惜しまなかった『グエムル』は、前作『殺人の追憶』(03)に続き、観客動員1,000万を超える大ヒットとなった。

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