韓国映画『共犯者たち』の皮肉すぎる“その後”……主要メディアが政権に忖度したことで起こる「現実」とはなにか
だが、現実は、さらに皮肉な後日談を用意していた。
文政権は公約通り、放送局の正常化を図り、透明性を確保するために一般公募でMBCの社長を募集した。応募したチェ・スンホ監督は見事合格、不当解雇を受けて命懸けの闘いを繰り広げた末に、社長として返り咲いたのだ。彼は「MBC正常化委員会」を設置し、崩壊同然の組織の立て直しに取り掛かった。
ところが、彼が立て直しの一方でやったのは、ストライキに参加していない記者や、ストライキ中に雇われた契約アナウンサーをクビに、あるいは閑職に追いやることだった。かつて自身が李政権によって受けた仕打ちを、まったく同じやり方で、仕返しに転じたのだ。閑職に追われた記者は現在、毎日のようにMBCの前で一人で抗議デモを行い、アナウンサーたちは不当解雇を司法に訴え、勝利を収めている。放送局の正常化とは何だろうか? この映画のタイトルにもなっている「共犯者たち」とは、はたして誰を指すのだろうか? なんとも後味の悪い現実が、今この瞬間の韓国で展開されている。
最近韓国では、「내로남불:ネ・ロ・ナム・ブル」という言葉が大はやりだ。「私がすればロマンス、他人がやれば不倫」を意味するこの造語は、自分のやることはすべて正しく、他人が同じことをしてもそれは間違いである、という政治・社会的な風潮を皮肉った表現だ。映画を見終わった後にふと、この言葉が頭をよぎってしまうのは気のせいだろうか?
崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。