韓国映画『共犯者たち』の皮肉すぎる“その後”……主要メディアが政権に忖度したことで起こる「現実」とはなにか
次に狙われたのはMBCだった。チェ監督は、解雇されるまで同局のプロデューサー(PD)だったこともあり、映画はMBCの闘いを中心に展開するのだが、ここでその発端となった「アメリカ産牛肉輸入問題」について、映画では詳しく語られないので簡単にまとめておこう。
李政権は当時、アメリカからの圧力によって牛肉の輸入基準を緩和し、月齢30カ月以上の牛肉も輸入できるようにした。そこに待ったをかけたのがMBCの『PD手帳』という時事番組で、月齢30カ月以上の牛肉は「BSE(牛海線状脳症、韓国では狂牛病という)」の恐れがあると警鐘を鳴らした。番組ではさらに「韓国人は遺伝子的にBSEに感染しやすい」「アメリカの骨付き牛肉はBSE発症の可能性が高い」といった内容にも踏み込んで、牛肉大好き韓国人たちは恐怖のどん底に突き落とされたのである。政府は慌てて釈明し、安心・安全を強調したものの、もはや信じる者はおらず、李政権の支持率は急落、一部国民からは大統領弾劾を求める声まで飛び出した。テレビでは連日、BSEの科学的根拠を問う番組が放送され、ネットでは海外でのBSEによる死亡例が真偽不明のまま拡散された。
居ても立ってもいられなくなった国民はロウソクを手に広場に集まり、4カ月にわたるロウソク・デモの結果、窮地に陥った李政権はついに国民に降伏、アメリカと交渉を重ねた末に、月齢30カ月未満の牛肉だけを輸入する基準に戻すことで合意した。これで国民の怒りは収まったものの、李政権は一連の混乱の責任はMBCの『PD手帳』にあると結論づけ、今度はMBC弾圧に乗り出したのである。(ちなみにチェ監督も、この番組のPDだった。韓国ではあらゆるテレビ番組がPD主導で進められるため、権限や責任は非常に大きい)
MBC経営陣の人事権を持っている放文振の理事会は、与党推薦委員が野党推薦委員の2倍の数を占めるため、親政権的な社長を送り込むことなど朝飯前だ。KBSの時と同じく、李政権は直ちに社長を交代させ、時事番組の廃止やキャスターの交代を実行した。労働組合はストライキに突入し、局全体が機能停止に陥ったが、経営陣は好都合とばかり、ストライキの参加者を解雇したり、閑職に追いやったりした。それによって多くの局員が不当な扱いに苦しめられていった。
こうした状況は13年、李政権を受け継いだ同じ保守与党の朴槿恵(パク・クネ)政権下でも変わることなく、KBSもMBCも、ただの政府の宣伝道具にすぎない存在になっていた。その挙げ句の果てに起こったのが、14年、修学旅行中の高校生らを含む304名の死者・行方不明者が出た「セウォル号沈没事故」の誤報だ。事件発生直後の「全員無事」「救助は順調」といったKBS、MBC両局による誤報は、政権とマスメディアが癒着したらどうなるかを如実に示す結果となった。もしも報道システムが正常に働き、誤報による初期対応の遅れがなければ、一人でも多くの命が救われていたかもしれない。だがそれでも、両局は政府を擁護する報道姿勢をやめなかった。
そして日本でも記憶に新しいであろう、「崔順実(チェ・スンシル)ゲート事件」が起こる。16年に明らかになった、政府を裏で牛耳っていた朴大統領の親友・崔順実による一連の国政介入スキャンダルのことだ。この時もKBS、MBC両局は、最初は報道もしなかったし、せいぜい後から形ばかりの縮小報道をしたのみだった。これらの報道に携わる記者のことを映画では「キレギ」と呼んでいるが、これは「記者(キジャ)」と「ごみ(スレギ)」を掛け合わせた造語である。日本でいう「マスゴミ」のようなものだろうか。結局、事件の全貌はケーブルテレビ局のニュースを通して明るみに出ることとなり、そしてあの大規模なロウソク・デモから朴大統領の弾劾と罷免という、前代未聞、史上初の形で収束したのである。
映画の終盤、新たに選ばれた進歩派の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が、放送局の正常化を約束する中、カメラはかつて権力の頂点に君臨した李明博・元大統領を直撃する。放送局をダメにした犯人はあなたではないかと厳しく追及するチェ監督の姿は、怒りと使命感にあふれている。「記者に質問させないと国が滅びますよ!」、逃げるようにその場を後にするかつての大統領への叫びが心に響くなか、映画は終わりに向かう。