コラム
老いゆく親と、どう向き合う?【15回】

老人ホーム、入居者の“愛人”疑惑の老女――高齢者は“清く正しい”ワケじゃない?【老いてゆく親と向き合う】

2019/10/27 19:00
坂口鈴香

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

 老人ホームにはさまざまな人生があり、人間模様がある。ある有料老人ホームには、入居する男性のもとに、妻ではない女性が毎日通ってくるという。職員たちはその女性のことを男性の家族公認の「愛人」だとうわさしている。その正体とは――?

家族同然。奥さま公認の女性?

 その日訪ねた有料老人ホームには、エントランスからこれまでに見てきたホームにはない猥雑な雰囲気がにじみ出ていた。水槽のあるホームは珍しくないが、このホームの水槽には小学生が川で採ってきたようなザリガニが数匹たたずんでいる。出迎えてくれた女性職員は、夜の街の方が似合いそうな明るい茶色のロングヘアーにロングスカート。エントランスは決して汚いわけではないが、手狭なロビーのすぐ隣には食堂があり、なんとも言えないカオスな感じは家庭的と言えば家庭的。これくらいの方が落ち着くという入居者もいるだろう。合わない人には絶対無理だと思われ、評価は分かれそうだ。

 入居者である会社経営者の男性に、ホームでの生活についてお話を聞かせてもらうことになっていたのだが、職員から「この方は口が重いので、田辺さんという女性に聞いてください。毎日いらっしゃっているので、間もなく見えるはずです」と言われた。

 「ご家族の方ですか?」と聞くと、職員は意味ありげな笑みを返した。

「そうではないんですが、家族同然の方です。ご家族よりも“社長”との付き合いは長く、奥さんやお子さんたちも公認で……」

 え? それって愛人さん? 確かに、世の中ではそう珍しいことではない。これまでホームで出会ったことはなかったが、ホームに入居している高齢者が皆、常に清く正しいわけではないだろう。

 職員によると、この“社長さん”、地区の有力者で、ホーム近くには豪邸を構えているという。頭はしっかりしていて、まだ経営の実権も握っているが、足腰が弱くなってきたためこのホームに入居。会社の関係者や幹部である息子たちもよく訪れている。ただ、奥さんだけは一度も面会に来たことがないという。そのかわり、田辺さんは毎日朝夕2回やって来て、社長の晩酌に付き合って帰っていくのだそうだ。

 まさにカオスなこのホームらしい人間関係ではないか。これまで有料老人ホームの「清く正しい」面しか見てこなかった筆者は、俄然興味を持って田辺さんが現れるのを待った。

 しばらくして、田辺さんが来訪したというので、職員とともに“社長さん”のもとへ行く。

 ……が、この社長、ニコリともしない。だけでなく、挨拶さえ返してくれなければ、こちらの問いかけにも完全無視だ。こんなことは、過去に1回だけあった。こういう男性は、いくら話しかけても、キレられて終わるだけ。社長の機嫌を損ねないことが肝心だ。

 というわけで、そばにいる“愛人”さんに話を聞くことにした……のだが、いわゆる“愛人”さんをイメージしていた筆者、思わず二度見してしまった。

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