「ヤクザの腕を切り落とした男」の更生ストーリーに涙! 元極妻が考える半グレ問題
今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。
怒羅権創設メンバー・汪楠さんのドキュメンタリー
9月22日放映の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)の「半グレをつくった男 ~償いの日々…そして結婚~」を、とても興味深く見ました。全国放送ではないのが残念ですが、すばらしい内容でした。
「半グレ」として知られる中国残留孤児二世、三世のグループ「怒羅権(ドラゴン)」創設メンバーの一人である汪楠(ワン・ナン)さんの現在を追ったドキュメンタリーです。
「半グレ」とは、今やネット事典「ウィキペディア」にも掲載されている言葉ですが、朝日新聞の解説には、「元暴走族や遊び仲間などがつながったグループ。『半分ぐれている』が語源とされる。近年、都市部を中心に台頭し、警察庁が『準暴力団』と位置付けて取り締まりを強化している。暴力団に属さず、繁華街で集団暴力行為を繰り返したり、特殊詐欺などの犯罪行為で資金を得たりしているとみられている。暴力団排除条例などの影響で表立って活動できなくなった暴力団が、半グレを利用しているとの指摘もある」(2018年12月13日)とあります。
これまでに、怒羅権以外にもたくさんの半グレのグループの存在が報道されていますが、盃を交わすヤクザのような厳格なタテ社会ではなく、参加も自由で、場合によっては未成年の少年や女の子もいるのが特徴です。一方で、半グレでヤクザの組織にも籍を置く例もあります。汪さんも、一時期は日本のヤクザ組織に所属していたそうです。
世の中に対する「怒り」しかなかった
半グレのグループでも特に有名な怒羅権は、日本でいじめられた中国残留孤児の二世や三世の少年たちを中心に、1980年代後半に結成されました。
報道によると、汪さんも14歳の時に日本に来て、壮絶ないじめを受けています。中国ではエリート医師だったお父さんが中国残留孤児の女性と再婚したことで、お継母さんの連れ子も含めた一家7人での来日でした。でも、新しい家族となじめず、居場所がなかったのだそうです。また、お父さんの医師免許が日本では役に立たず、生活も苦しくなりました(毎日新聞15年11月22日付)。
「人って誰かを殴るときにためらうじゃないですか。でも俺らは、何度も喧嘩を繰り返しているうちに、その感覚が麻痺してしまった。相手が死ぬかもしれないとわかっていても、一切躊躇はなかった。俺たちにあったのは、世の中のすべてに対する“怒り”。それだけです」(「FRIDAY」19年5月10・17日号/講談社)
汪さんは、週刊誌にこう明かしています。いじめや差別、貧困が怒羅権を生み出したことには胸が痛みます。オットの若い衆たちも、そんな子たちばかりでした。