コラム
【連載】オンナ万引きGメン日誌

母親の万引きに利用された幼女――店長とGメンの心を揺さぶった「純真無垢」な言葉

2019/09/21 16:00
澄江

 包装フィルムを片手に声をかけると、ひどく動揺した様子の彼女は、全てを子どものせいにしてから、事務所への同行に応じてくれました。事務所の応接室に入り、向かい合って座ると、何日かお風呂に入れていないのか、ホームレスの人たちと同種の臭いが、彼女の方から漂ってきます。何気なく頭髪を見れば、脂気が多く見える髪の毛はボサボサで、大量のフケが付着していました。

「すみません、おいくらですか?」

 どうやらチュッパチャップスの精算だけを済ませて、この場を収めようとしているようですが、彼女の脇に置かれたトートバッグの中身が気になります。ビニール袋を娘さんに渡すところのほかに、カゴにあった商品をバッグに隠すところも見たと、少し遠回しな言い方で伝えてみると、途端に顔色を変えた彼女は、脇に置いたトートバッグの口を押さえて否認しました。これ以上の質問は、取り調べ類似行為になりかねないので、一通りのことを、いとうあさこさん似の女性店長に報告して判断を仰ぎます。

「あんな小さな子どもを使って万引きするなんてあり得ないわね。警察を呼びましょう」

 まもなくして男女一組の警察官が到着すると、そのうちの女性警察官が、彼女の顔を見るなり言いました。

「あ! Fさんじゃないのよ。あんた、またやっちゃったの?」 
「いや、違うんです。子どもがアメを……」

 耳に入る二人の話を聞いていると、二人の子どもを抱える無職のシングルマザーだった彼女は、署内でも有名な常習者のようでした。「123」(警察無線で使用される犯歴照会の隠語)の結果、前回の件で審判中であることも判明。彼女が頑なに罪を逃れようとする理由は、これだったのです。

 警察官による取り調べの結果、トートバッグの中にある商品も盗んだと認めてくれた彼女でしたが、所持金は20円ほどで商品の買取はできず、立替えてくれるような人やガラウケも用意できないと言います。このまま被害届が出されてしまえば、彼女は逮捕となり、しばらくの間留置されることになる。そうなれば子どもの面倒をみるのは、誰になるのでしょうか。重苦しい状況のなか、女性店長は、一家の将来を左右する被害申告の判断を迫られ、頭を悩ませています。すると、それを眺めていた女の子がビニール袋から1本のチュッパチャップスを取り出して言いました。

「これ、どうぞ!」
「……ありがとう」

 自分の店で盗まれたチュッパチャップスを差し出された女性店長は、それを受け取ると警察官に被害申告しないことを告げて、彼女に出入禁止の誓約書を書いてもらうよう私に指示しました。盗んだ商品は、私の現認不足を理由に返却を受け付けないこととし、子どもが食べてしまったチュッパチャップスの支払いも求めないと言います。

「娘さんに救われたこと、忘れたらダメですよ」

 店長の優しさに触れた彼女は、低い声で嗚咽を漏らすと、顔を覆って泣き始めました。

「これ、どうぞ!」

 最後のチュッパチャップスを、母親に差し出す女の子の純真無垢な目は、いまも忘れられません。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

最終更新:2019/09/21 16:00
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