母親の万引きに利用された幼女――店長とGメンの心を揺さぶった「純真無垢」な言葉
カゴの中に目を落とせば、いつの間に手にしたのか、鶏肉、アサリ、牛乳、卵、菓子パン等、あまり万引きされることのない安価な商品ばかりが入っていました。買い物カゴを持つ左手の手首には、雑誌の付録で話題になったDEAN&DELUCAのトートバッグがかけられており、不自然なほど大きく口を広げています。あくまでも個人的な見解ですが、付録のトートバッグは犯罪供用物(犯行に使われる道具のこと)に用いられることが多く、警戒せざるを得ない気持ちにさせられるのです。
(あのバッグは気になるけど、安いモノばかりだから、やらないかな………)
そう思いつつも、どこか捨てきれずに観察していると、この店一番の死角である菓子売場に一家が入っていくのがみ見えました。客を装って、棚の端から覗き見れば、ママにおねだりする女の子の声が聞こえてきます。
「ねえ、ママ。あめちゃん、食べていい?」
「うん、いいわよ。好きなのを取りなさい」
すると、うれしそうにキャンディーを選び始めた女の子の後ろに隠れるようにした彼女は、カゴにある商品を全てトートバッグにしまってしまいました。棚取り(棚から商品を取るところを目撃すること。犯意成立要件の一つ)は、なに一つ見ていないので、このまま出られてしまえば見送るほかありません。空になったカゴを、売場通路にある柱の影に放置したところを見れば、これ以上に商品を隠匿することはなさそうです。
(あの飴玉は、買うのかしら? あれをやったら声をかけよう)
そんな気持ちで見守っていると、3本のチュッパチャップスを手にした女の子が、彼女に言いました。
「ねえ、ママ。いま食べてもいい?」
「1本だけね」
「やったー。いちごのにしよう!」
「ほかのは、この袋に入れて」
女の子は、手渡されたビニール袋に、いま食べたいらしいイチゴ味以外のチュッパチャップスを入れ、破顔の笑みを浮かべてイチゴ味の包装を解き始めます。
「開けにくいでしょ? ママが持っていてあげようか?」
「いや! 自分で!」
「もう、早くしてよ」
イラついた様子を見せる彼女を尻目に、そこそこの時間をかけて包装フィルムを剥がした女の子が、それを口に含むと、一家は出口に向かって歩き始めました。女の子の手を引く彼女のスピードは、先にも増して素早く、一見すればグズる子どもを無理に連れ帰る母親の姿にしか見えません。しきりと後方を振り返る彼女の視線をかいくぐり、証拠とするために女の子が途中で捨てた包装フィルムを拾い上げた私は、外に出た彼女が駐輪場に停めてある自転車に手をかけたところで声をかけました。
「警備の者です。お子様の持たれているキャンディーとか、お支払いしていただきたいのですが……」
「え? あれ? あ、この子、いつの間に……。申し訳ありません」