余裕がない教員、精神疾患による休職は「年間5,000人」――キャリア教育の現状と学校の悲鳴
――現状のキャリア教育の問題点はありますか。
児美川 問題点の1つ目としては、キャリア教育が「ワークキャリア」に偏りすぎていることが挙げられます。働いている最中も「生活」はありますし、人生100年時代、仕事を引退したあとも長い時間があります。だからこそ「ライフキャリア」についても教える必要があるのではないでしょうか。
――確かに学校のキャリア教育は「何の仕事をしたいか?」ばかりにスポットが当たっている気がします。
児美川 夢追い主義、プランニング主義が強すぎるのも問題だと思っています。夢はあってもいいのですが、全員が夢を実現できるわけではありません。約85%の人は、「もともと考えていた仕事には就いていない」という調査結果もあります。「夢とは違う仕事だけど、やりだしたら面白くなった」という人だって、たくさんいますよね。「夢・目標に向かって、真っすぐ突き進んでいく」ということだけが、正しいわけではないですから。
学校の先生というのは、「先生になる」と決めてなった人。だから、児童生徒たちに、夢を持つように指導しがちなのかもしれません。職場体験が実施される職業も小売・販売業か専門職が多く、企業社会の仕組みを学習する機会がないので、児童生徒たちも「将来の夢は?」と言われても困ってしまいます。最近「YouTuberになりたい小学生が増えている」などと言いますが、それは「世の中にどんな仕事があるのか、よくわかっていないから」「専門職しか知らないから」というのもあると思います。夢を専門職にしぼると選択肢を狭めることにもなってしまいます。
――確かに、「就職活動の段階」になって、初めて社会にはさまざまな業界・職種があることを知るというケースが多いですよね。ほかにも問題点はありますか?
児美川 キャリア教育が、イベント化していることです。職場体験などがそうですね。もっと児童生徒の「日常」に根ざした形でのキャリア教育をすべきだと感じていますし、たとえイベントだとしても、児童生徒がそこでの学びを内在化する時間を学校の日常において取る必要がある。
本当にキャリア教育がうまく機能していれば、児童生徒の通常の教科に対するモチベーションも上がるはずなんです。社会の仕組みがわかることで、「毎日受けている授業は大切なんだ」と理解できるはずだからです。ただ、そこまでできている学校はありませんね。今のキャリア教育は、私から見ると歪んでいる。子どもの実情に合っているのか、その段階の発達課題に合っているのかちゃんと点検していなければ。それにはやはり教員に余裕がないと。
――子どもに自分の仕事の話をする保護者も、あまりいないのかもしれませんね。
児美川 そうですね。「世の中にはこんな仕事がある」「社会は誰が支えているのだろうか」といった会話は、もっと家庭のなかでされてもいいと思います。専門的に深める部分は学校で行うとしても、社会の仕組みに子どもが興味を持つようなアンテナづくりは、家庭で行うべき。そのアンテナがあれば、学校での職業調べや職場体験も、興味深く主体的に行うことができるでしょう。
「キャリア・パスポート」も同様です。書いたものを先生が40人分、全てきっちり見て応答するのは、現状では無理があります。親が感想を言うくらいにすれば、もっと効果的に使えるでしょう。学校だけでなく家庭も地域も含め、社会全体で子どもを育てていく必要があると思います。
児美川孝一郎(こみかわ・こういちろう)
1963年生。東京大学教育学部卒、東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。法政大学文学部教育学科専任講師、助教授を経て、2003年よりキャリアデザイン学部助教授、教授(現職)。著書に『若者とアイデンティティ』(法政大学出版局)『権利としてのキャリア教育』(明石書店)『若者はなぜ「就職」できなくなったのか』(日本図書センター)『「親活」の非ススメ』(徳間書店)『キャリア教育のウソ』(ちくまプリマー新書)などがある。