「一億総監視社会」が招いた“理不尽クレーマー”の実態と心理――クレーム問題の専門家が分析
8月上旬、岐阜乗合自動車(以下、岐阜バス)がバス内に掲示した張り紙について、ネット上で議論が巻き起こった。「乗務員の『熱中症』対策について」というタイトルで、「只今、当社ではバス乗務員における『熱中症』対策として、駐停車(信号待ち等)の間を利用し、水分補給を行っておりますので、ご理解のほどお願いいたします。」という、バスの利用者へ“お断り”を入れるような内容だった。
岐阜バスの担当者によれば、このような張り紙を掲示したのは2018年からで、「以前にご意見をいただいたこともありましたので、あらかじめかつ改めて、ご理解をいただきたいとして掲示しているものです」との理由だとしている。要するに、バスの乗務員が業務中に水分補給をしていたことに対して、実際に“クレーム”をつけた利用者がいる、または、その可能性を未然に防ぐ必要を感じていた、ということだろう。
今年の夏も日本各地で連日の猛暑となり、岐阜県も35度を超える日が続いていた。そんな中、熱中症対策のため「水分補給」に「ご理解」を訴えなくてはならない状況に対しては、ネット上で「ここまで書かないと理解が得られないなんて……すごく悲しい」「バスの運転士さんだって人間なのに。こんな当たり前のことも許されないの?」と懐疑的な声が続出。また、「おまわりさんに『勤務中なのに何で水飲んでるんだ』ってクレームが来た話を思い出した」「配達員の仕事をしていますが、コンビニのイートインスペースにいると『楽をしてる』と思われるので、使わないように会社から言われています」といった“告発”もあり、このような問題はバスに限った話ではないことが明らかになった。
商品やサービスに文句を言うのではなく、人が当たり前にとる行動について異議を申し立てるクレーマーとは、一体どんな人たちで、どのような理由からクレームをつけるのだろうか。関西大学・社会学部教授で、悪質クレーマー問題やカスタマーハラスメントに詳しい、池内裕美氏に話を聞いた。
クレーマーには「世の中を良くしている」という“錯覚”がある
――「人の行動」に対してクレームをつける人には、どのような特徴があるのでしょうか。
池内裕美氏(以下、池内) まず、一般的なクレーマーの特徴としては、他者の立場にたって物事を考えられない、「共感性」が欠如している、「自己愛」「攻撃性」が強い、自分は特別だと思う「特権意識」が強い、といったことが挙げられます。これらはまた、他者の失敗をどれだけ受け入れられるかという「寛容性」の高さとも関係しています。
さらに言うと、クレームの種類からクレーマーの特徴を見ることもできます。まずは「承認欲求を得たいがためのクレーム」。何かしらクレームを言うことで、世間の注目を浴びて優越感や承認欲求を満たしたい、という人がいます。どうでもいいようなことを大げさにまくしたて、いち早く世の中に提言し社会問題化することで、あたかも社会を支配したかのような錯覚が生まれ、優越感を得て満足するのです。
そして、「不満のはけ口としてのクレーム」。昨今、常にイライラしている人や、何かにつけて文句を言うといった“不寛容”な人が増えています。そうした人が、バスの運転手や警察官などを攻撃することで、日頃の不満やストレスを発散している場合があります。特に、世間を取り締まる立場にある警察官は、そうしたタイプの人たちから、より一層厳しい目を向けられやすい。権威ある警察官の“望ましくない行為”を見つけ、指摘することで、「強いものを倒した」「制裁を加えた」といった、より大きな満足感や優越感を得られるからです。また、制服を着ている人は、明らかに勤務中とわかるため、何を言っても言い返したり、やり返したりしてこないだろうといった安心感があり、不満をぶつけられやすいとも考えられます。
――「市民のため」「相手のため」といった“正義感”から、クレームを言っている人も多いような気がします。
池内 クレーマーの中には「とにかく世の中を良くしている」という“錯覚”が、少なからずあると考えられます。“主観的な悪”を退治して回る人は、自身の正義感をふりかざし、「世直ししている気分」になっているのでしょう。この場合、本人には「クレーム」といった意識がまったくなく、むしろ「良いことをしている」とさえ思っているので、非常に厄介です。
また、“自身の正義”を盾にクレームを言う人には、中高年以上の世代の人が多いとよく耳にします。彼らは若かりし頃、体育の時間や部活中に「水を飲むな」と言われた世代ですし、自己犠牲を払ってでも会社のために身を粉にして働くのが“美徳”という労働観が根強い。そうした考え方から、勤務中に水を飲む行為は「甘えている」ように見え、許せなかったのかもしれないですね。
こうしたクレーマー全般には、“想像力の欠如”が指摘できます。運転手が水を飲まなかったことで熱中症になったとして、乗客に及ぼす不利益や、事故等の危険性が生じることを想像できないのです。乗客を安全に目的地まで送り届けるのが運転手の重要な職責の一つならば、むしろ真夏に水分を一切取らずに運転し続けている方が、「体調管理を怠った」という点でよっぽど無責任ですよね。サービス業の人が働きやすい環境を作ることで、結果的に良い人材がサービス業に集まり、より質の高いサービスとなって自分たちに返ってくる。そんな図式は、冷静に考えればわかるはずです。