91歳の万引き犯が、店長の葬儀に――Gメンが言葉を失った「塩辛泥棒」の切ない思い出
勤務開始、5分前。店内の一角にある事務所に向かうべく、エスカレーターで階下に向かっていると、ペットボトルの飲料水(2L)が入ったダンボールと10キロの米袋を抱えた店長が反対側のエスカレーターに乗って上がってくるのが見えました。荷物を抱える店長の背後には、とても小さなおばあさんが佇んでおり、骨の形が浮き出た油気のない手で店長の腕にしがみついています。すれ違いざまに、店長と目が合ったので黙礼をすると、すぐに戻るので事務所で待っているよう、爽やかに指示されました。小さなおばあさんは、お孫さんと買い物に来た雰囲気で、どこかうれしそうにしています。
「あのおばあさんには、開店当初からお世話になっているんですよ。最近、ご主人が亡くなった上に、足腰が悪くなっちゃって、重い物を買われたときには家まで運んであげているんです」
事務所に戻った店長は、額に輝く汗をハンドタオルで拭いながら、充実感あふれる表情で言いました。お客さんを大事にする店長の姿に、心温まる思いがしたのは言うまでもありません。
その日の夕方、何気なく店の出入口を観察していると、朝方に見かけた小さいおばあさんがエスカレーターで降りてくるのが見えました。朝とは違って、妙に周囲を気にしながら歩く姿が、どうにも気になります。よく見れば、使い古された空のレジ袋を隠すように握っており、その持ち方から判断すれば、マイバッグに使用するとは思えません。そのまま目を離さないでいると、漬物売場で足を止めた小さなおばあさんは、少し大きめの袋に入った塩辛を2つ続けて手に取りました。
(え? ここで入れちゃうの?)
その場で持参のレジ袋を広げて、いわば堂々と2つの塩辛を隠し、レジのない入口の方に向かってよちよちと歩いていきます。途中、青果売場で品出しをしている店長とすれ違いましたが、気付かれることなく通過しました。チラチラと後方を気にしながら、エスカレーターに乗り込み、店の外に出たところで声をかけます。
「警備の者です。おばあちゃん、塩辛のお金、払うの忘れたでしょ?」
「ひっ! あ、え? そ、そうだったかねえ………」
苦笑いで取り繕いながらも素直に犯行を認めてくれたので、事務所までの同行をお願いすると、不意に左手を差し出した小さなおばあさんが言いました。
「手をつないでもらっていいかしら? ヒザが痛くて、うまく歩けないのよ」
2人で手をつないで事務所に入ると、特価品のPOPを作成していた店長が、私たちの姿を見て目を丸くしています。
「おばあちゃん、どうした? 具合でも悪くなっちゃったの?」
「いや、そうじゃないんだけど………」
もじもじと言葉を飲み込む小さなおばあさんに変わって、私の口から状況を説明すると、店長は口をあんぐりと開けて絶句してしまいました。