【幸福の科学学園1期生が語る1】「私は選ばれた人間」と思った――大川隆法氏登場に涙した入学式(追記アリ)
――ちなみに、そのサクセスNo.1の合宿は、どのようなものだったのですか?
A 期間は1週間くらいだったと記憶しています。お祈りから始まり、勉強をしたあとに、外で鬼ごっこや大縄跳びをしたり、ミニゲームをしたり。夜は幸福の科学の歌を歌いながらキャンプファイヤーをしました。そこでは、将来の夢を発表しあうのですが、「エル・カンターレ様のために政治家になります」とか「エル・カンターレ信仰を広げるために勉強を頑張りたいです」などと言いながら涙を流し、聞いている人も感極まって泣く、みたいな。今思うと本当に恥ずかしいんですけど、私も含め、みんなで泣いていたのを覚えています。
――そのような活動を通して、学園に合うかどうか、適性を見ていたのかもしれませんね。
A 確かに1期生は、やんちゃな子もいましたが、勉強ができて真面目でおとなしいタイプの子が比較的多かった印象です。ただ、1期生から生徒数が足りないなんて恥ずかしくて公表できないと思うので、恐らく合宿に参加した子は、ほとんど全員受かったんじゃないでしょうか。なお、2期生や3期生は、恋愛にも積極的な子など、真面目でおとなしいばかりではないタイプの子もいましたね。
大川隆法氏の登壇に親子で大号泣の入学式
――そうして、幸福の科学学園に入学に至ったわけですが、どのような学園なのか簡単にご説明いただけますか。
A 幸福の科学学園は、幸福の科学の創始者兼総裁である大川隆法が建てた、男女共学の全寮制の私学。私は高等部からの入学でしたが、中等部もあります。私が通っていたのは幸福の科学学園那須本校といって、栃木県の那須高原の標高300メートルくらいの場所にありました。最寄りのJR那須塩原駅からでもバスで30分以上かかる、森に囲まれたまさに“山奥”。とにかく、夜になると虫が大量に出るような場所です(笑)。広い敷地の中に、大川隆法記念講堂という礼拝堂と校舎、カフェテリアを挟んで3階建ての寄宿舎が男女それぞれにあって、全て廊下でひと続きになっています。
――親元を離れて3年間を過ごすことに、寂しさや不安はありませんでしたか?
A 家族と離れ、地元の友達もいない中で、やっぱり寂しさはありました。でも、神様である大川が作った学校に1期生として入れるのはステータスといった感覚があったし、ギリシャ調の真っ白で綺麗な校舎、真新しい体育館、教室、図書館の本……全て私たちが初めて使えるんだ! といううれしさもあり、さらに、入学式で大川が登壇したこともあって、感動とか心の充実感とかの方が強かったですね。
――入学式はどのような感じだったのでしょうか?
A 中等部と高等部それぞれ、ひと学年100人ずつくらいが定員なのですが、1期生ということで、広い敷地に中高それぞれ1学年分の生徒と保護者しかおらず、こじんまりとした印象でした。何か特別なことをした記憶はありません。ただ、大川は、イエス・キリストやモーセをはじめとする全ての神様のてっぺんに立つ至高神で、数千年に一度だけ地上に降りてくるという設定なので、信者にとっては同じ時代を生きていることだけでもすごい奇跡、しかも本人に会えるなんて、もうとてつもなく奇跡的なことなんですよ。だから、入学式に現れたときは、保護者も生徒も皆、大号泣。ちなみに、大川はその年の体育祭や学園祭にも登場しましたが、翌年以降は入学式にすら顔を出していなかったと思います。私が通っていた3年間の話ですが。
【幸福の科学広報局コメント3】
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(追記)
【幸福の科学広報局コメント3】
大川総裁は「その年の体育祭や学園祭にも登場しましたが、翌年以降は入学式にすら顔を出していなかった」としていますが、事実に反します。開校翌年の2011年に大川総裁は4月7日の入学式に来校、生徒向けに「真のエリートを目指して」を講演、また、同年7月の一学期終業式にも来られて生徒向け講演「善悪を知る心」をされています。また3年目以降も度々来校され、生徒向けに講演をされています。