「くさいわね……」電動車いすのおばあちゃん万引き犯、Gメンが眉をひそめた“異臭の正体”
それから白菜や長ネギ、モヤシなど、比較的安価でかさばる商品だけ、きちんと精算を済ませた彼女は、お客様係に先導されながら、屋外の駐輪場に直結するエレベーターに乗り込んでいきます。思い切って同じエレベーターに乗り込んだ私は、すぐに行先ボタンを押して扉を閉めました。地上階に到着するまでの間、窃盗の被疑者と二人きりで過ごすエレベーター内の空気が、いつもより重たく感じられたことを覚えています。
「お先にどうぞ」
「ありがとう」
先に彼女を行かせて、電動車いすが公道に出て走り始めたところで横に並んだ私は、そこであらためて声をかけました。
「おばあちゃん、ちょっと待って。お店の者ですけど、お金払ってないものあるでしょう?」
「ひっつ!? なんだって?」
少し驚いた様子を見せた彼女は、口の中でずれた入れ歯を直しながら、コンドルのような鋭い目で私を睨んできました。どうやら聞こえなかったようなので、膝の上にある盗品を詰めたバッグを軽く叩きながら、もう一度ゆっくりと、少し大きめの声で言い直します。
「お店の者ですけど、このバッグの中にいれたモノ、お金払ってほしいんですよ」
「あら、そうだったかしら? もう今年で90になるから、忘れちゃうのよ。堪忍ね……」
惚ける姿勢を見せながらも、用意していたかのようにスラスラと言い訳する彼女の姿からは、こうした場面に慣れているような雰囲気が伝わってきました。見え透いた言い訳を聞くことなく、電動車いすに乗った彼女をエレベーターまで連れ戻すと、さっき乗った時には感じなかった異臭が室内に漂っています。
(くさいわね……。一体、なんのニオイかしら?)
エレベーターに乗っている間、なるべく息を吸わないようにして過ごした私は、扉が開くと同時に外に出て、廊下に置かれた書類などを除けながら電動車いすを誘導します。応接室内に電動車いすの駐車スペースを確保して、バッグの中に隠したモノをテーブルの上に出してもらうと、ステーキ肉や高級ハム、幕の内弁当、さくらんぼ、もみじまんじゅうなど、計8点、合計9,000円ほどの商品が出てきました。盗んだモノを並べてみれば豪華な感じに見えますが、一度盗まれたモノとしてみると、なぜか汚らしく見えてくるのが不思議です。
「今日は、どうしたんですか?」
「年金だけじゃあ、おいしいもの食べられないから……」
「買い取るだけのお金はあるのかな?」
「それが全然足りないのよ。このお肉とメロンは、お返ししてもいいかしら」
土産物屋で見かける古臭いガマグチに入れられた彼女の所持金は、小銭と合わせても3,000円足らずで、全ての商品を買い取ることはできません。身分を証明できるものも持っていないというので、仕方なく紙に書いてもらうよう頼むと、心電図のような線で書かれた文字は解読不能。やむなく口頭での聴き取りを試みれば、入れ歯がずれてしまってうまくしゃべれない状況です。できることがなくなり、内線電話で店長を呼び出して状況を説明すると、電動車いすで万引きするなんて人は初めてだと驚き、迷うことなく警察に通報されました。身元がわからないことよりも、商品の買い取りができないことの方が、通報の決め手になったようです。