難関私立の合格を蹴ってまで――中学受験生の母が、息子の「呆れた志望動機」を受け入れたワケ
信子さん(仮名)は、「子どもの自主性を重んじる」という教育方針を持っていた。そのため、当時小4の息子、和樹君(仮名)を連れて数校の文化祭に出かけ、彼自身の意見を聞こうとしたそうだ。和樹君は、その中のH学園がいたく気に入り、「ここに入りたい!」と言い出し、当初は信子さんも「和樹が行きたいところへ」という気持ちでいたという。
ところが、和樹君はその後、成績が急上昇。難関校K学園も視野に入れられるという偏差値を叩き出すようになっていく。
塾の先生も、「H学園? いやいや、和樹君にはもったいないですよ」というアドバイスをするようになり、信子さんの心の中では「K学園」が第1志望校になっていったのだという。
信子さんは、当時のことを振り返り、こう述懐した。
「6年生になっても、和樹はH学園がいいと譲りませんでした。偏差値で言えば、K学園とH学園は10以上も違うのに、です。私はもうホトホト呆れてしまって、どうして、あの時H学園の文化祭に連れてってしまったのかと涙に暮れましたよ」
信子さんが呆れる理由――それは、和樹君の志望動機が「H学園文化祭のスーパーボールすくいで、12個も釣れてうれしかったから」というものだったからだ。
「そんな理由あります? でも、いくら説得しても『僕はH学園に行く!』と譲らなかったんですよ……」
先日、筆者が聞いた別の男の子の例では「文化祭で食べた焼きそばが、おいしかったから」というものもあった。女の子で言えば「制服が可愛いから」ということが、志望動機の上位にくる。子どもにとっては、何かの成功体験、あるいは満足感、憧れなどが強烈な印象となって、強固な志望理由になることがあるのだろう。
この年齢の子どもは、まだ論理的に話す力が十分ではないので、親に志望動機を説明するとなると「スーパーボール」だったり、「焼きそば」だったり、「制服」だったりの“単語”を強調してしまいがちだ。しかし、後になって、和樹君に当時の話を聞いたところ、スーパーボールを釣った時に「その場にいてくれた在校生の祝福が、すごく良かった」のだと教えてくれた。つまり、子どもたちは、それを目にした時の背景、空気感、雰囲気を体全体で感じて「この空間が好きだ」「自分に合っている」と判断しているということなのだ。
そう考えると、親が勝手に「そんなことで?」と思い込み、偏差値という数値を振りかざすのは実は危険なことである。
結局、和樹君は「合格実績を上げたい」という塾のことを思いやって、K学園の合格をプレゼントした上で、H学園に入学した。学力的に余裕があったこともあり、和樹君いわく「学園生活は本当に楽しくて、友人にも恵まれ、先生たちにも可愛がってもらえた充実の6年間」を過ごしたとのこと。そして昨年、最難関大学に現役で合格を決めた。