『ザ・ノンフィクション』カタギを志した元ヤクザ・タカシが覚せい剤で挫折するまで――「その後の母の涙と罪と罰」
しかし、なぜタカシは仕事に「介護」を選んだのだろう。したことがない人間でも、非常に大変な仕事だというのはよくわかる。常に人手不足で「なりやすい」点はあったのかもしれない。
ナレーションでさらっと「通勤は4時間」と言っていたが、ただでさえハードな仕事に加え、通勤4時間は相当きつい。タカシは居心地が良く、家族のようだと話す教会の目の前にアパートを借りていた。職場に近いところに引っ越したら、教会という拠り所をなくしてしまう。家の近所で、雇ってくれるところがなかったのだろうかとも思うが、それまでの経歴が尾を引き、見つからなかったのかもしれない。
また、タカシの就労条件については「夜勤がある」としか触れられていなかったものの、これが週5~6日のフルタイム勤務だとしたら、“カタギデビュー”にしては、最初から飛ばしすぎに思える。金銭的な余裕もおそらくないことから、「いきなりフルタイム」だった可能性が高いが、時短勤務だったり週2~3勤務から始められなかったのだろうか。
無断欠勤を続け、最終的には介護施設から解雇されてしまい、タカシは昼夜が逆転し、鬱になり、いつも「だるい」と口走り、態度はどんどん投げやりになっていく。欠勤を続けている間も施設に連絡すら入れず、「辞めたい」と言うことさえできないタカシは、確かにだらしない。しかし、せっかくの立ち直りの第一歩で挫折してしまったことが、タカシ自身も相当ショックだったのだろう。
社会人デビューで挫折するのは、誰でもきつい
私も二度の正社員退職経験があるが、どちらも理由は「嫌でツラかったから」だ。いまだに、退職時に「今の会社には、なんら不満がなく、ステップアップとしての前向きな退職」と、キラキラした理由を挙げる人には嫌悪感を覚える。そのくらい、「ほかの皆ができている、我慢できていることを、なぜ自分だけできないんだろう」という自問を抱えることの後ろめたさを理由に退職するのは、心をえぐるような挫折経験として残る。
しかし嫌でつらくて会社を辞める人などゴマンといるし、たいていの人がそれで会社を辞めるのだ。「やりたいと思ってやってみたけどダメだった」なんて普通だ。カタギの社会人デビューの復帰初回で挫折するのはきつかっただろうが、だからこそ、立ち直るときに「これ一本」に賭けるのは、リスクが伴うのではないかと思う。
「奮闘」という漢字をタカシが読めないシーンを入れたのは、タカシに必要なのは、ここが正念場だとしゃにむに頑張る「奮闘」なのだという、制作サイドのメッセージ……と、受け取るのは深読みしすぎかもしれない。しかし、3カ月で折れたタカシを見ると、奮闘よりも大切なのは、むしろ「頑張りすぎない、でも折れない」と、ゆっくりと行く姿勢だったのではないかとも感じる。経済的な状況がそれを許さなかったのかもしれないが。