「快楽」のはずが人間の膿にまみれ、ドロドロしたものに――『教団X』が描くセックスの気味悪さ
一般文芸での性描写は、官能小説のものとは一線を画している。両者ともに同じセックスを描いているが、表現方法だけでこれほど違うものかと驚かされることが多い。中でも、最近読んだ本では『教団X』(集英社)の性描写は特に興味深かった。
『教団X』の舞台は、とあるカルト教団。主人公の楢崎は、交際相手の涼子を探していた。ある日突然、彼の前から姿を消した涼子を探すために、探偵事務所で働く友人に力を借りる。物語は、無事に涼子が見つかったと知らされる場面から始まる。しかし彼女が、とある宗教団体に深く関わっていると聞かされるのである。
楢崎は、涼子が関わる宗教団体の屋敷へと足を運ぶ。そこは、松尾という老人を中心とした団体で、宗教団体というより、松尾の話を聞きに人々が集まる場であるという。涼子の写真を見せて事情を話すと、彼らは動揺した。彼女は松尾を騙した詐欺団体の一員であり、通称「教団X」に所属する人物だという。
松尾の屋敷を出てしばらく歩いていると、楢崎は背後からひとりの女性に呼び止められる。振り返ると、彼女は屋敷の人間ではなかった。教団Xの人物である彼女は、楢崎を自分たちの教団へ案内する。なぜ彼女は自分の名前を知っているのか、どうして松尾の屋敷に自分がいることを知っていたのか――あらゆる疑問を抱きながらも彼女のあとをついて行った。
窓にシートが貼られ、外が見えない車に乗せられた楢崎は、何かの建物の地下駐車場へと連れられて行った。マスクをした女性に注射器で血を抜かれ、尿を採取された楢崎は、エレベーターに乗せられ「1807号室」と書かれた部屋に案内された。その部屋で、楢崎は何人もの女性とセックスをすることになる――。
楢崎は教団の女に導かれて性に溺れていく。その姿は沼に飲まれていくようにグロテスクで、気味が悪い。幼い頃、母親が見知らぬ男たちとセックスをしている様子を盗み見していた時の記憶や、これまでの自分を振り返り、「自分の人生を侮蔑するためにここに来た」と言い、見知らぬ女たちとのセックスに溺れてゆくのだ。その描写は生々しく、思わず眉を潜めてしまうほどに気持ちが悪い。
快楽に溺れるセックスという行為をこれほど「気持ち悪い」描写にしてしまう作品も珍しい。本作では数カ所に性的な描写があるが、それらのどれもが人間の膿にまみれ、ドロドロとしたものばかりである。
非常に人気のある本作は、もちろん文学としても素晴らしいが、時に視点を変えて性描写に着目をして読み進めるのも面白いだろう。
(いしいのりえ)