「中学受験はバカがやるもの」公立至上主義の夫と私立エスカレーターの妻、対立が招いた悲劇
誠さん(仮名)と彩さん(仮名)夫婦の場合はこうだった。誠さんは地方出身で大学までの全てを公立教育で成長した。一方、彩さんは東京都出身で中学受験を経験し、そのまま併設の私立大学を卒業している。
夫婦は一人息子・丈君(仮名)の教育方針に、「のびのびとたくましく」を掲げたが、中学受験で意見が対立した。誠さんは公立教育の方が「のびのびたくましく」を体現できると主張し、一方の彩さんは「それは昔の人間の思考法。今は私立中高一貫校でしか、その目的は達成できない」と反論して、硬直状態が続いていたのだ。
しかし、丈君の小学校学区は受験熱が高い地域ということも手伝って、夫婦は膝を交えた話し合いをすることなく、なし崩し的に丈君の中学受験生活がスタートした。最初こそ成績が良かった丈君に対し、「勉強しているなんて偉いぞ、丈!」と声掛けをしていた誠さんだったらしいが、学年が上がるごとに成績が下がっていく丈君に、苛立ちを隠さなくなったそうだ。
誠さんは、彩さんと丈君に向かってこう言ったと聞く。
「だから、中学受験なんかやったって意味はないんだよ! 小学生が土日もなく勉強するなんて、後伸びどころか、今、伸びることすらできなくなってるじゃないか!」
中学受験は、学年が上がるに従い、周りもだんだんと必死になってくるので、思うように成績は伸びていかないものなのだ。これをどうにか堪えて受験本番につなげていき、合格をもぎ取るのかの勝負でもある。そのため、両親にはある意味、“子どものカウンセラー的要素”も必要になるのだが、誠さんは経験のなさも手伝って、彩さんいわく「息子のやる気を削ぐ天才」と化したそうだ。
「今の日本を悪くしているのは中学受験産業」とは、誠さんの言葉だ。彩さんは筆者にこんな本音を漏らした。
「主人は『思い込んだらこう』という人で、自説を曲げません。いくら私が今の学校の現状を言っても聞く耳持たずで、最後は私を侮辱するようなことまで口にしたのです。『パパの会社で中学受験をしてエスカレーターで上がったヤツにロクなのはいない!』と。エスカレーター式学校を卒業した私を、この人は心の中でバカにしていたのかと思うと、涙が止まりませんでした……」
結局、丈君は「中学受験はバカがやるもの」と口にする父親の方に付き、受験をやめた。そして、4月から中学生になるというが、同級生のほとんどが中学受験をしていたため、学校の中で結果的に“浮いた存在”となり、その寂しさを埋めるためなのか、ゲームとYouTubeに没頭するようになったと、彩さんは悔しそうに言う。
「教育は住んでいる地域、時代に合わせて、柔軟に変えていかないといけないと思います。今の時代、子どもであっても、のびのびと野山を駆け回ることはできません。ウチは夫婦の教育方針の食い違いで、失敗したんです。丈には『のびのび』も『学力』も付けてあげることができませんでした。とにかく中途半端に終わったことが残念でならないです」
今後、丈君がどう成長するかは未知数だ。彩さんの後悔が晴れていくことを祈りたい。