カルチャー
[サイジョの本棚]

『南極ではたらく』レビュー:「中年女性」や「キャリアブランク」を生かした著者の強さ

2019/03/31 16:00
保田夏子

 本書の帯には「平凡な主婦」と書かれている主婦だが、専門教育を受け、料理学校職員・講師を経験するなど、そもそも調理師として十分な実力があったからこそ合格したのは間違いないだろう。しかし著者自身は、「ごはんを作ったり、洗濯ものをたたんだり、子どもにお小言を言ったりといった日常は、平凡でなんてことのない毎日かもしれません。(略)でも、そのなんてことのない日常こそが自分のスキルになっていたと気が付いたのも南極でした」と、南極越冬隊という特殊な環境下で、主婦・母親としての平凡なスキルが自分を支えていたと語る。

 大学教授、建設技術員など異なるバックグラウンドを持った人々が、基本的には対等に協力し、寝食を共にする1年間。上下関係に頼らず、価値観や性格が合わない人とも、粘り強くコミュニケーションをとる能力は、仕事だけをこなしているより、主婦業や育児を通して、より培われやすいものなのかもしれない。

 加えて、女性隊員の中でも最年長であり、唯一の育児経験者だった渡貫氏が、男女隊員の間で言いにくいことを伝える架け橋のような役目を果たしている様子もうかがえる。女性であること、中年であること、出産・育児でキャリアにブランクがあること。それらはデメリットとして取り上げられがちだが、キレイごとではなく表裏一体のメリットもあるのだ。

 年齢や環境を言い訳にせず、むしろ糧にして、「これをやりたい」という意志をまっすぐに実現させた渡貫氏の姿はすがすがしく、単純にとても格好良い。「主婦であるからとやりたいことを我慢するのも違うなと思うようになった」とつづる彼女のエッセイの、まっとうな明るさに力づけられる人は多いだろう。

(保田夏子)

最終更新:2019/03/31 16:00
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