「ジェンダー論の、少し先の話」――著者・はるな檸檬さんに聞く『ダルちゃん』執筆の背景
資生堂が運営する「ウェブ花椿」での連載開始からSNSを中心に話題となり、最終回を迎えた10月4日以降はさまざまな反響であふれかえった、漫画家・はるな檸檬さん初となるストーリーマンガ『ダルちゃん』。12月6日に小学館より単行本が全2巻で発売されることとなり、話題再燃が予想される中、「ジェンダー論?」「主人公は何かのメタファー?」「女性の幸せって結局なに?」などなど……読者が気になっているであろうことすべてを、はるなさんに聞いた。
――当初、花椿さんからどういった打診があったのでしょうか?
はるな檸檬さん(以下、はるな) 「20代女性に向けた、共感を得られるものを描いてほしい」と打診をいただき考えたのが、『ダルちゃん』でした。
――そのときから、プロットが出来上がっていたのでしょうか。
はるな いえ。ぼんやりと、「主人公は20代OLで、恋愛したり、友達ができたり。『ウェブ花椿』さんで詩の公募をしていたから、詩を絡めていきたい」という大筋はありましたが、あまり詳細なプロットはなくて。でも担当編集さんから「このあとどうなるんですか!?」とせっつかれることもなく、自由にやらせてもらいました。これから何が起こるかわからないまま原稿を受け取ってくださった花椿さんの、懐の深さを感じました(笑)。
正直、不安もあったと思うんです。担当編集さんからは、『れもん、うむもん!』(※はるなさんの出産・育児エッセイ、新潮社)を読んでいただいたことが打診のきっかけだとおっしゃっていただいたこともあったし、わたし自身も、もうちょっとギャグも絡めた明るい話を描くつもりでいたんです。でも、勝手にこうなってしまった……というのが、正直な経緯です。
当初は、笑いを含んだライトな“あるある”を散りばめた作風を意識していたというはるなさん。だが物語は、読者の深層をえぐる方向へと、舵を切る。
――どのあたりから方向性が変わったんですか?
はるな 2話目からですね。1話目は、もう少しライトな語り口で描くつもりでいました。だけどもともと、心の奥の方で、「オブラートに包まずに、言いたいことを言いたい」という本心があったんですよね。優しくふんわりと語りかける作風で、「気持ちが軽くなりました」と言っていただけるような表現も良いけれど、それだけでは伝わらないものもあるのでは、と思いまして。そうした本心が、2話目からどろりと出ちゃいました。それでも、担当編集さんは何も言わず受けに徹してくださって。本当にありがたかったです。
――主人公がOLで、その描写がリアリティにあふれるところも、読者に刺さった要因の一つかと思います。OLさんを取材されたのでしょうか。
はるな わたし自身、OL経験が3年間あるんです。漫画家のアシスタントと並行して、派遣で事務OLをしていました。書類をあちらの部署からこちらの部署へ移動させたり、お茶くみをしたり、給湯室でめっちゃふきんを洗っていました。
――当時の、言いたくても言えなかったことが、こうして湧き出たんでしょうか。
はるな 言いたいことを言えないのは言わずもがな、「社会に出て会社にいる」こと自体、不自然な状況じゃないですか。みんなやっていることですが、わたしは毎日、疲労感がすごくて。毎朝、いったんその空気になじむように、「その場で成り立つ自分」にスイッチングすることが、できないわけではないけど、結構しんどかった。
たとえば、エレベーターで居合わせた人に、「今日はすごくいい天気ですね」なんてコミュニケーションを取ることは、社会を円滑に進めるひとつのテクニックだし悪いことではまったくないけど、すごく面倒くさかったんです。だからわたし、部署が2階にあって社員食堂が15階にあったけど、毎日お昼は階段で15階まで移動していましたからね。エレベーターで人に会うのが面倒くさすぎて(笑)。足腰が強くなりました(笑)。
――肉体的疲労感より、精神的疲労感が勝ったんですね。
はるな 体が疲れる方が楽でした。いい経験をさせてもらったけれど、「ずっと会社にいるのは、わたしには厳しい」と実感し、「家で仕事がしたい」と思ったことが、漫画を描き始めた理由のひとつでもあります。
――その“スイッチング”がつまり、ダルちゃんで言うところの“擬態”ですか?
はるな そうですね。いったん、何かのフリをしないと、ついだらっとした部分が出ちゃうといいますか。特にスイッチングの最たるものが、社会人1年目で経験した、求人広告の営業の仕事です。いわゆる「100軒回ってくるまで帰ってくるな!」というようなところ。アポなしで各店に入る前に、「ふー……!」と一呼吸置いて、スイッチングして、「しつれいしま――すっっ!」と、扉を開ける。これはすさまじくしんどかったですね。世の営業職の人はみんなこれをやっているんだというのを、身をもって体感しました。