カルチャー
[官能小説レビュー]

人妻が溺れる“不倫”の狂気——現実以上に激しいセックスを描く『私のことはほっといて』

2018/10/22 19:00
「小説新潮」11月号(新潮社)

 官能小説といえば文庫で購入することが主流であるが、あらゆる文芸誌でも定期的に官能的な小説を集めた特集を掲載している。今月発売の「小説新潮」11月号(新潮社)がそうである。「エロスは進化する!」をテーマに7名の小説家のエロティックな小説を巻頭から掲載している。

 7名のほとんどが女流作家で占められている特集の中で、官能小説に抵抗のある方でも読みやすいと感じたのが田中兆子の『私のことはほっといて』である。「べしみ」でR18文学賞を受賞してデビューした田中氏の、生々しくも瑞々しい描写が非常に印象的な作品だ。

 舞台はアイルランドのダブリン。人妻である主人公は、親しい友人を訪ねてたびたびダブリンを訪れる。そこで見かけたのが、現地に住む1人の男であった。深夜のスーパーマーケットで彼を見かけた主人公は、その後パブでもその男に会う。ひとりでギネスビールを飲んでいると、小柄な赤毛の男に誘われ、手を取り、抱き合ったままで踊り続ける——夫の声に導かれて目を覚ました主人公……夢の中の出来事であった。

 仕事をして疲れた主人公は、再び別の夢を見る。森の奥へと引き摺り込まれ、男に弄ばれる夢だ。手足を縛られ、乱暴な男の舌や唇が主人公の耳や首筋を刺激する。

 主人公は、夢の中で不倫をしているのだ。現実の不倫であれば罪になるが、妄想の中での不倫であれば何の問題はない。夢の中での不倫に溺れてゆく主人公は、やがて夫にも不審がられ、在宅で行っていた翻訳の仕事の締め切りも破ってしまうようになる——。

 現実を生きるために夢の中だけで不倫をし、次第にその狭間が狂ってゆく主人公の描写は実にリアルで、読者を強く惹きつける。夢の中だからこそ許される激しいセックス描写も読み応えがある作品だ。

 文芸誌のセックス特集の醍醐味は、あらゆる小説家の作品を短編によって「チョイ読み」できるところにある。官能小説初心者にはぜひ手に取っていただきたい。
(いしいのりえ)

最終更新:2018/10/22 19:00
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