万引き依存症と発達障害から考える、現代人に普遍的な“生きづらさ”解決策はあるのか?
姫野 発達障害の人を相手にする場合は、否定しないという心がけが特に必要なんです。このことは障害化している人に限らず、むしろグレーゾーンの人にこそいえるかもしれません。グレーゾーンには空気を読む力が極めて高い人が多いので、否定されると自己肯定感の低下を助長することになりかねないからです。
斉藤 私も含めて支援者は、それぞれの発達障害の人に向き合って、行動や思考のパターンをわかった上で、社会適応ができるかたちを見つけることが大事なんだと思います。よりニーズに合う支援をするために。ただ、姫野さんの話す“自己肯定感”と共通するかはわかりませんが、万引き依存症からの回復を目指す過程では、自己肯定感をあまり重要視していないんですよね。
姫野 そうなんですか。万引き依存症の人は、他人の評価を気にする特性をもつ人が多いからでしょうか?
斉藤 その通りです。自己肯定感には他人の評価が介在しますし、すごく変動しやすいものでもある。それよりも安定した自分自身を保つには“自己受容”が大事なんですよね。実際に依存症から回復していく人を見ていると、ダメな自分もいい自分もしっかりと受け止めて、「それも自分だから」と楽に生きられるようになってきている印象を受けます。
――万引き依存症の人がそう思えるようになるまでには、時間がかかるのでしょうか? 家族など、周囲の人が疲弊するような方法は避けるべきですよね。
斉藤 もちろんです。万引き依存症の人の家族は、きちんとした専門医療につながる必要があります。“だらしない”“意志が弱い”といった理由で万引き依存症に陥ると世間的には思われがちですが、実際のところ、そういう人はほとんどおらず、真逆のタイプの人が多いです。だから症状が再発すると、家族はすごく感情を揺さぶられるものなのです。「なんでまた」「あれだけ約束したのに」と、裏切られた気持ちになる。だからこそ専門医療で、万引きを繰り返すのは病気の症状だと捉えるための視点を周囲の人が学ぶことが大事です。周囲の本人に対する対応が改善され、結果的に回復の道に進んでいくことは、よくあるケースですから。
姫野 先生、最後に個人的な相談なのですが……私は常に目標がないと、生きている意味を見失いそうになるんです。自著を出したり、尊敬する人と仕事をしたりと、目標を一通りクリアして、「次は?」と不安になってしまいます。これは、自己受容できていないということなのでしょうか?
斉藤 どうでしょうね。でも、直す必要はないと思いますよ。目標を次々に達成していくタイプの人はいますから。姫野さんは「それも自分なんだ」と捉えたらいいのではないでしょうか。
姫野 そのように考えてみるのも、自己受容のひとつですよね。先生、ありがとうございます!
斉藤 こちらこそ、今日は貴重な時間をありがとうございました。
(門上奈央)
斉藤章佳(さいとう・あきよし)
精神保健福祉士・社会福祉士/大森榎本クリニック精神保健福祉部長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなどさまざま々なアディクション問題に携わる。その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践・研究・啓発活動を行っている。また、大学や小中学校では薬物乱用防止教育など早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、全国での講演も含めその活動は幅広く、マスコミでも度々取り上げられている。
姫野桂(ひめの・けい)
フリーライター。1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをし、編集業務を学ぶ。卒業後は一般企業に就職。25歳のときにライターに転身。現在は週刊誌やWebなどで執筆中。専門は性、社会問題、生きづらさ。 猫が好き過ぎて愛玩動物飼養管理士2級を取得。