シングルマザーの中学受験――“おカネ”以上にネックになる「厳しくなりすぎる母」の姿
シングル家庭での “学費”の工面を、早苗さんはこういう形で乗り切ろうとしているが、実は一番のネックは“学費”ではなかったのだそうだ。早苗さんが「あの時はきつかった……」と振り返った事件は、光君が6年生の夏に訪れた。
本来、勉強が嫌いではない光君は、落ち着かない学校よりも塾の方が気に入り、5年生での入塾以来、とても良い調子で成績を伸ばしていたという。しかし、夏休み中にまさかのスランプに陥る。その原因は「教室内の冷房の故障」だったそうだ。
これにより、体調不良を起こし、小テストで過去最悪の結果を出してしまった光君。すると突然、一切の勉強を拒否し始めたと、早苗さんは振り返る。
「たかが1回の小テスト、しかも自分のせいではない外的環境の変化が理由なのに、なぜ光が、『塾に行かない、受験はやめる』と言い出したのか、当時はまったくわかりませんでした。私はただただ『塾に行け!』と命令するだけ。自分が働いている間、光が家に1人でいるのが心配だったからというのもあります」
そして数日後、光君は自宅から消えることになる。会社から帰宅した早苗さんは真っ青になるが、ほどなくして、元夫の母である「千葉のおばあちゃん」から電話が入ったそうだ。
「光が来てくれてるのよ」
要するに、光君は祖父母の元に家出したのだ。元夫の母が教えてくれたところによると、「『お母さんが勉強、勉強って言うので嫌になって家出して来た』らしいわ(笑)」とのこと。早苗さんは、光君にプレッシャーをかけすぎていたことを深く反省すると共に、シングルでの子育ての難しさを思い知ったという。
「1人で父親役、母親役をやらなければならないので余裕がなかったんですよね。光に対して、どうしても厳しく接しがちで、仕事のように“指示命令”ばかりをしていたことに気が付いたんです……」
結局、光君は1週間ほどを祖父母の家で過ごし、海水浴、山でのカブトムシ採りという休日を満喫。早苗さんが迎えに行った時、光君はこう宣言してくれたそうだ。
「さっき、ママは『受験をやめていいんだよ』って言ったけど、僕はやめない。ママに黙って家出したのは悪かったけど、ここで思ったんだ。僕は受験して、自分の今の環境を変える! って。ママは僕を信じてくれていいよ!」
それからの光君はギアを一段上げたかのような快進撃を見せ、見事、連戦連勝で、意中の中学に入学した。早苗さんは当時を回想して、こう言った。
「あの時は、自分が良かれと思ってしてきたこと全てを否定されたような気がして、子育てにも、自分にも絶望しました。でも、思ったんです。それまで私はシングルマザーとして『自分がしっかりしないと、この子はダメになる!』って焦っていたんですが、時には光に頼っていいんだなって。2人で話し合いながら、解決していけばいいんだと思ったら、肩の力が抜けました」
シングルマザーの子育ては孤軍奮闘になりがちなので、精神的にはつらいこともあるかと思うが、子どもも、いつまでも子どもではないということなのかもしれない。この親子の“ひと夏の経験”は親子の絆をもっと強く結びつけた“事件”となったのだ。
(鳥居りんこ)