結愛ちゃん事件を受けて――専門家に聞いた「虐待を防ぐために私たちがすべきこと、社会がすべきこと」
他人になにか言われても、他人の感情を引き受けすぎない NPO法人「児童虐待防止全国ネットワーク」理事・高祖常子さん
社会が子育て中の親に対して、「見張る」のではなく「見守りの目」を向けること。電車の中で赤ちゃんが泣いていたら周りの人は思わずそちらを見ることが多いでしょうが、親が「刺さるような目」と感じるのか、「見守ってくれてるな」と感じるのか。それだけでも子育てのしやすさは違うはずです。「この時期の子は泣いちゃうんだよね」「うちの子も泣いてたわ」と声をかけるだけで、普段肩身の狭い思いをしている親はふと肩の荷が下りる。小さなことですが、虐待加害者を厳罰化するよりも、温かい目で見る人を増やしていく方が子育ては楽しくなるし、みんなが暮らしやすい世の中になると思います。
私の肌感覚ですが、いまも10人中9人ぐらいは子育てしている人に優しいのではないかと思います。ただ親としては、「私がこんな行動をしたから、あの人は怒ったんじゃないか」と機嫌が悪そうな人に過敏になってしまう。共感することも大事ですが、他人の感情は他人のもの。過剰にそれを引き受け過ぎないことが大事です。それは子どもに対しても同じです。「子どもが泣きやまないのは、私がうまくできないからだ」と自分を責めるのではなく、「泣きたいときだってあるよね」と子どもの気持ちを受け止め、割り切って考えてもいいんです。
「叩いてしまった」を繰り返さないのが大切 臨床心理士・杉山崇さん
虐待の社会的背景には、貧困問題があると思います。人は、お金がないとみじめな気持ちになり、自尊心を失うもの。こうした貧困によって受けた苦痛を、今度はほかの誰かに与えたいとする心理が働き、それが児童虐待につながっている面もあるのではないでしょうか。そもそも今の日本社会は、アメリカナイズされたビジネスの価値観が浸透しています。例えば、内向的な人より外交的な人、消極的より積極的な人が優れているといった考え方で、人と比べることによって優劣が成り立つ、つまり“自尊心の奪い合い”が起こっているんです。大きな話になってしまいましたが、虐待の原因が自尊心の欠落に関係しているとすれば、“負け組”を生み出す社会構造に問題がある、虐待防止には、その点にも目を向けるべきといえるのではないでしょうか。
一方で、親がすべきことについて。もし感情的に叱ったり、叩いたりしてしまったときは、ただ自分を責めるのではなく、「どんな親でも、子どもが敵に見えてしまうことはある」「大切なのは繰り返さないためにどうしたらいいか」と、考えるようにしてほしいです。乳幼児期は脳が未発達なので、全力で欲求を訴えます。そんなとき、「親を困らせようとしているのではない」ということを頭の片隅においておけば、気持ちが少し楽になるかもしれません。
SOSを出すことは親としての責務 子ども家庭福祉学者・柏女霊峰さん
社会がすべきことは、子どもとその保護者に、関心を寄せること。民生委員/児童委員という制度があり、高齢者のご家庭には、委員の方が「今日は暑いけど、ちゃんと水飲んでる?」などといって、気軽に立ち寄ることもあるようなんですが、子育てをしているご家庭には、「なかなか入りにくい」と足が遠のいてしまいがちだそうです。地域の中で、人々が関心を持ち合うことができれば、赤ちゃんの泣き声が止まらないご家庭に、「どうしたの?」と声をかけにいってあげられますよね。今は、「すぐに児童相談所に通告を」といわれていますが、まずは地域での関係性を密にすることが大事だと思っています。
また、親がすべきことは、周囲に対してSOSを出すこと。昔は、おじいちゃんやおばあちゃん、ご近所さんが声をかけてくれたから、親も何とか子育てができていたけど、今はもうそういった環境が減ってきています。だからこそ、親自らが、子どもと自分のために、SOSを出さなければいけないんです。周囲を頼ること、助けを求めることは、親としての“権利”であり、“責務”でもあると考えるべきだと思います。