「公立中に進学してたら死んでたかも」いじめを受けた女子が、私立中学受験で得たもの
“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
筆者は私立中高一貫校の取材を続けて久しいが、知れば知るほど不思議に感じることがある。それは「この学校、いいな」と思う学校からは、必ずと言っていいほどに“発酵臭”が漂ってくることだ。
“匂い”を言葉で説明するのは、とても難しいのだが、強いて言えば、それぞれの学び舎が長い年月をかけて熟成させてきたであろうオリジナルの匂いだろうか。よって、筆者は、(全国で言えばほんの数校ではあるが)学校独自の匂いを嗅ぎ分けられる力を身につけ、知り合いになった人の出身校を言い当てることができるようになった。
その匂いが大人になってからも漂っているということは、思春期の6年間で吸い込む空気は、その人の一生に大きな影響を与えるのだと、しみじみと思うのである。人は「置かれた場所で精一杯咲くことが大切」だと思うが、親たる者、我が子を「咲きやすい場所に置いてあげる」ことは本当に大切なことだ。
先日、取材した、人気進学校である男子中高一貫校の先生は、筆者にこうおっしゃった。
「ここはね、3分の1の生徒は共学校ではとてもやっていけない野郎共なんですよ。多分、女の子がいたら、素を出せずに引きこもってしまうような奴らです。もしかしたら、女の子からはイケてない認定をされ、『キモい』とか『オタク』とか言われて、蔑まれるかもしれない。そういう奴らにもウチには居場所がある。それどころか、オタクは一目置かれる存在です。アニメ、乃木坂46、電車、ゲーム、いろんなオタクがいますけど、皆が『アイツのあの面はすごい!』って素直に認める土壌がある。『アイツはあれに関してはピカイチだから!』って、そういう互いにリスペクトし合える面があるんです。愛すべき奴らのためにもね、ウチはこれからも、堂々としっかり立っていきますよ」
人は生涯“承認欲求”というものを持つが、青春と呼ばれる時代にこそ「自分そのもの」という存在自体を認められる“安心感”の中で人は育まれるべきだと、筆者は思っている。“自分はこの世にいていい”“むしろ、生きるにふさわしいに人間である”と、その空気で丸ごとの自分を包んでくれたならば、人はたとえ、その先の人生で心折れる経験をしたとしても、再び、何度でも、立ち上がることができるのだという事例を、さまざまな取材過程で知ったからだ。