嵐・二宮和也、出会って21年も「思い出ない」と風間俊介バッサリ……明かされた秘話
7月14日放送の『嵐にしやがれ』(フジテレビ系)では、ゲストにジャニーズ事務所の俳優・風間俊介が登場。誕生日と血液型が同じという二宮和也と、自身が歩んできたジャニーズ道を振り返る場面があった。
ジャニーズ事務所きっての演技派俳優として知られている風間と二宮は、実は1983年6月17日生まれと生年月日が同じ、しかも血液型もA型と一緒。同じ星のもとに生まれたかと思いきや、2人はジャニーズ内でまったく別の道を歩んできたという。
出会って21年という2人だったが、二宮は「でも俺、風間くんのこと何も知らないよ。思い出もないし」と素っ気ない態度。これに対し、風間は苦笑いしながら「風間二宮メモリーは結構あるよ」と反論。
「覚えてないのかもしれないし、記憶から抹消しているのかもしれないけど、ハワイで2人だけでお好み焼き食べたの覚えてる?」と当時14歳だった頃の話を風間がすると、二宮は爆笑。嵐がデビューする前は仕事外でも会っていたが、デビュー後はテレビ局で出会うことが多かったと風間が言うと、二宮は「勝手に離れていったんだけど。そっちが」と発言した。
テレビに出たかったという理由でジャニーズ事務所に入所した風間は、テレビに初めてでた時の気持ちを聞かれると、「テンションが上がった。なんだったらいまだに上がる」と告白。13歳でジャニーズ事務所に入り、異例の早さでジャニーズJr.の最前列メンバーに大抜擢された風間だったが、15歳の時に高校受験するために活動を休止。戻った頃には、自分の場所は最後列になり、新人扱いになっていたという。
「今まで一緒に踊っていた(生田)斗真とかの後ろで踊ったりしてて、シビアな世界なんだなって、そこで知るっていう。今まで頑張るっていう感覚なかったんだけど、初めて頑張ったかもしれない。あの時。自分がでないところの振り付けも全部覚えてみようとか」と過去を振り返ると、二宮は「なんかあったんだろうね。危機感が」と発言。風間は「たぶん人生で初めてプライドが傷ついたのかもしれない」と当時の胸の内を告白した。
さらに二宮は「当時、高校生で新人って、なんかやっぱり遅いもんね」と言うと、風間は「『はい、ちっちゃい子たち』って言われたほうに行かなきゃいけないっていう」と過去の苦悩を告白。すると、二宮は「それ高校1年でしょ? 俺、デビューしてるもん」とドヤ顔で発言。苦笑いする風間だったが、二宮が華々しくデビューしていた裏で、風間が不遇の時代を送っていたことが振り返られた。
しかし、風間は初めて出演した連続ドラマ『3年B組金八先生』(1999)で、優等生ながら少年犯罪に手を染めるという難しい役を熱演し、演技の才能が開花。
「やっとなんか自分が褒められるものを見つけたっていうか。能力値の高い人の集まりだったから。Jr.がね。その中で、こんなに褒めてもらえてうれしいなって」と当時を回想。
その後、風間は当時人気絶頂だった山下智久、生田斗真、長谷川純とともに「FOUR TOPS」というグループを結成するが、わずか1年で自然消滅。結局、どのグループにも属さず、独自路線を進むようになり今に至る。
「もうアイドルは捨てた?」という二宮の質問に、まだコンサートへのあこがれが残っていることを露わにする風間。そこで、ジャニーズJr.時代に風間がバックダンサーを務めた曲を二宮がランダムに流して、今も踊れるかを検証。すると、V6、KinKi Kids、嵐とすべての曲を完璧に踊れることが判明。
そして「曲がかかったら、細胞で反応する」と風間は名言を残し、番組は終了。ジャニーズJr.時代からの過酷なてっぺん争いとジャニーズの奥深さを堪能できた回であった。