「偏差値30台の私立中」を受験する意味――「お金の無駄」「勉強できない」偏見の先にあるもの
恵子さんが、息子の誠也君を通わせた塾の方針は、こうだった。
「学校訪問時には偏差値表を見ない」
これはつまり、「先入感を持たず、自分に合う学校を探せ!」という教えである。その塾は「たとえ、その学校の偏差値が70近くあって、今の自分の偏差値が40しかないとする。それでも、行きたいのであれば、目指せばいい」という雰囲気に満ちていたらしい。「偏差値が高いから無理」とか、逆に「偏差値が自分に合ってるから、ここ」という、“偏差値で区切る受験”には意味がないと、繰り返し言われていたという。
恵子さんは、そういう環境下で誠也君と共に受験生活を送っていた影響により、偏差値表を封印。そして自宅から通学しやすいと思われる学校を、誠也君と共に回っていたらしい。
恵子さんは当時を振り返り、こう筆者に語ってくれた。
「誠也は頑固な性格で、自分で納得しないと動かないところがあるのですが、私がいくら『この学校、どう?』って薦めても『ここは僕とは合わない』『ここは違う』と首を横に振るばかりで、6年生になろうかという時期にも、本命校が見えてこないという有様でした」
ところが、ある日、2人で訪れた学校にピンと来るものがあったのだそうだ。
「誠也が校舎の中でこう言ったんです。『ここがいい!』って。不思議な話ですが、私もその時、同じことを感じていて、『あ、ここが誠也に合う!』って思っていました」
恵子さんは大人なので、さすがに雰囲気だけで本命校は決められないと、学校の教育方針などを冷静にじっくりと聞いたそうだが、最終的に、こう判断するに至ったそうだ。
「ここなら誠也は楽しいはず!」
そう確信して、初めてその学校の偏差値を見ると、まさかの30台。誠也君の当時の偏差値は60前後だっただけに、「正直、もったいないかな? って思いました。でも、その後、誠也は何度学校に足を運んでも、その決意が揺るがないんですよ。『僕はここがいい!』と」
当然、親戚筋からは「頭がいいのに、なぜわざわざ中学からそんな学校に?」との横やりが頻繁に入ったらしい。しかし、恵子さんは、「誠也の人生。誠也が進路を決めなくてどうする。それを応援することが唯一、親のできること。この学校は偏差値という数字を除けば、とてもいい学校」と考え、受験に突き進んだという。
そして、誠也君は自らの意志を貫き、その学校に入学を果たした。その時、誠也君は「お父さん、お母さん、僕の行きたい学校に行かせてくれてありがとう」と言ってくれたそうだ。