人に化ける猫がお爺さんに恋心を抱く『三姉妹』――「新感覚官能」のユニークな世界
官能小説の代表的なカテゴリーといえば「SM」や「人妻」モノである。これらの二大シチュエーションは固定ファンも多く、昔から広く愛されている。特に、SM作家として永遠に語り注がれる団鬼六の作品は、1人の女性が陵辱される様子を緻密に描写し、最初は苦痛しかなかった行為に対して、少しずつ性の悦びを開花してゆく女性の強さや美しさ、艶かしさを瑞々しく表現し続けた。
そんな中、最近少しずつ見られるのが「新感覚官能」である。不慮の事故により亡くなった女性が、秘めた思いを昇華させるために、見ず知らずの女性に憑依し、片思いの男性に抱かれる……など、摩訶不思議なシチュエーションに官能を乗せた物語も多く刊行されている。
もちろん官能小説としても楽しめ、またストーリーもポップに描かれているので、女性も手に取りやすい作品が多いことが特徴だ。
中でも面白かったのが柚木郁人の『三姉妹』(宝島社)。柚木は官能小説ファンを唸らせるようなダークで濃厚なセックスシーンを書く小説家だが、本作はとてもかわいらしいシチュエーションとキャラクターが描かれていて、女性にもおすすめの1冊である。
本作の主人公は「猫」。主人公のアイは三毛猫三姉妹の末っ子。彼女が住むのどかな港町・桜絹市の三毛猫は、先祖代々、人間に恋をすると神様から「人」の姿を授かることができるのだ。
アイは、猫の姿の時に迷子になり、助けてもらった老夫婦のお爺さんに恋心を抱き、人の姿に化ける。愛するお爺さんとの生活を守ろうとするアイだが、大切な妹を守るために狐に立ち向かう姉たちは、人として遊郭に沈められることとなってしまうのだ――。
柚木氏ならではのしっとりとした官能シーンは健在ながらも、末っ子気質の愛らしいアイのキャラクターや、お爺さんとの微笑ましいやりとり、姉と狐との戦いなど、魅力的な登場人物が繰り広げる展開も素晴らしい。
官能小説というと、湿度の高いダークなものを想像してしまうかもしれないが、こうした明るく和やかな作品も多く存在する。本作は、官能小説の可能性を強く感じさせる1冊である。
(いしいのりえ)