オンナを描く漫画家・鳥飼茜に聞いた、女社会の“本質”と母親という女について
――例えば女同士が足を引っ張り合うような話を描かないのはなぜですか?
鳥飼 嫌なんです。見たくない。見たくないから描かない。だから私のマンガはそれこそファンタジーなのかもしれない。そういうのを取り沙汰しすぎちゃうと、本当にあるってことになっちゃうような気がするから。
――『先生の白い嘘』の美奈子は比較的、足を引っ張るような女にも見えます。
鳥飼 美奈子はマウンティングしてるんじゃないかって言われましたけど、あれは意図的に描いていて、でも実は……って気持ちもあったから、あのラストなんですよ。ママ友の会みたいなところではマウンティング的なものも見ますし、実際にあると思うんだけれど、私がその場で急病になったりするじゃないですか。そうしたら絶対みんな優しくしてくれる。もうマウントとか横において、実際的に助けてくれるんですよ、女は。だから、そういうところだけ見ていたいんです。
美奈子は主人公・原美鈴の親友。であると同時に、美鈴を強姦した早藤の婚約者でもある。早藤の行いに美奈子は薄々感づきながらも、それには見て見ぬふりをして、幸せな女であるよう周囲へ盛んにアピールする。そんな鬱陶しいキャラクターではあるが、最終巻では大化け。実は作品の大テーマを背負う存在だったことが判明するので、ぜひ最後まで読んでいただきたい。
――そっちこそが女の本質であると。
鳥飼 マウントする部分は飾りだな、と思う。その人の本来じゃないなって思うし、その人の本来っていうのは、変な言い方すると、母性に似ているのかもしれない。私の考えはとても甘いかもしれないけど、女の人には、どっか期待してるんですよね。困っていたら助け合えると思ってるし、困っていなかったら助けないし、必要があれば介入するし、必要がなければ介入しない、というのが本来的だと思っている。だけどそれをどっかそれ以上にしたりしなかったりするのは飾りかなって思っていて、その飾りがどこでできたのかっていうと、親との関係とか、きょうだいとの関係とかなんだろうなって思う。
――それはこの男社会を一緒に乗り越えて行こうという同胞意識ですか?
鳥飼 そういう感じとはまた別で、個として、女の人というものに、絶対的な信頼がありますね。理屈じゃないんですよね、うまく言えないけど。男社会を通してのマウンティングみたいなものは、逆に私はうまく描けないかもしれない。
――鳥飼先生自身は親子関係の影響を感じることはありますか?
鳥飼 めちゃくちゃありますね。うちはお母さんもめちゃくちゃ働いていたから、あまり家にいなかったんですよね。でも1日2回とか掃除機かけるんですよ。ごはんも全部手作りして。完璧主義……というか、逆ギレでやってましたね。PTAとかには来たこともないし、授業参観にも来たことない。でも家帰ったらきれいに掃除して、晩ごはん作って。きっとお父さんが頼りなかったんでしょうね。お母さんはどこかでお父さんと手を切ったんだな、って感じてました、甘えるのやめたんだなーって。すっごい自立した人なんですよ、お母さん。
――作品にも影響が?
鳥飼 あると思います。うちの母親はドライで、子育ても手塩にかけて精一杯やりましたという感じでもないんですよ。やれることはやりました、みたいな。小学校低学年くらいのときかな。手をつなごうとして手を差し出したら、小指をつままれたんですよ。べたべたするのが嫌いな人でした。愛情がないわけではないんです。だけど褒められたこともないし、すごく愛されてきたという感じもないし、かといって無視された気もないし、ものすごく適切な距離感というか。だから女の人に対する信頼って、お母さんに対する信頼と似ていると思う。私にとっては唯一神みたいな人です。
――子どもだった鳥飼先生を1人の人間として扱っていたのかもしれませんね。
鳥飼 そう思いますね。うちの家族、全員そんな感じなんですよ。みんな思ってることが違うし、血液型も全部違うし、バラバラなんですよ。統一感がない。だから家族=他人みたいなところがちょっとあって。他人だけど嘘つかないし、気も使わないし、否定することも別にないし。
――寂しくはなかったですか?
鳥飼 親に認められていなかったなあとは、ちょっと思いますよ。つい3年前くらいまで「マンガはいいけど、資格かなんか取っておけば?」って言われてましたし(笑)。最近やっと言われなくなったけど、もう娘が自慢で「こんなん描いてるから読んであげて!」みたいな感じはなくて、めちゃくちゃ照れ屋さんだから、こっそり買って読んでるみたいです。実家に行っても私の本は見えないところに置いてあるんですよ。たまに「あんたの漫画ちょっと冷たすぎるんちゃう。だから売れへんのじ ゃない?」とかって言われるんですけど、どの作品のこと言ってるんですかね(笑)。
――今はご自身が子どもを育てる立場でもあります。
鳥飼 まったく母親みたいには育てられていないです。私はすっごい介入しますね。最近やっと手を離すってことを少しずつ勉強しています。でも根本的には他人だなって感じはすごくありますね。性別も違うし。
――男だな! って思いますか?
鳥飼 男の子だなーって思いますね。先に子育てをやっておけば、もっと恋愛がうまくいっていたかもしれない(笑)。男の人を追い詰めちゃいけないとか、子育ても恋愛もいっしょだなって思います。
――どんな男性に育ってほしいですか?
鳥飼 どうなってほしいとかは特にないんですけど、もう手を離していかないとダメだなーって思いますね。マザコンではまったくなくて、あの人はたぶんちょっと女性恐怖症だと思う(笑)。どんな女と付き合うんだろうって思うし、もういっそ女じゃないかもと思うし、それはもしかしたら私のせいかもしれないけど、でもそれはそれでそういう人生もいいんじゃないですかと、どっかで思っていて。私なんかのもとで育っちゃったら、女の人にファンタジーなんて持ちようがないでしょうね。
――好きな子とかいたりするんですかね。
鳥飼 おもしろいですよ。息子のことを好きな女の子がいるらしいんですが、感慨深いですよね。自分が育てているこの子のことを思って、ちょっと胸を痛めてる女の子がいるのかと思うと、なんかとんでもないことをしてしまったような(笑)。とんでもないものをリリースしてしまったなと(笑)。小学生男子って「お前のこと好きって言ってるぜ」って聞いたら「俺は嫌いだぜ!」って、言うじゃないですか。「それ絶対傷つくから、嫌いだと思っても絶対に言うなよ!」って、そういう感じの演出を親が加えています(笑)。まあ勝手に楽しくなってって思いますけど。
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鳥飼作品に独特の女同士のバディ感は、物語全体に安定感と心地よさ、そして時にはスリルをもたらしている。『おはようおかえり』も『おんなのいえ』も、姉妹のやりとり、ケンカのシーンは大きな見どころの1つだった。後編では男について、そしてマンガについて聞いた。
(小田真琴)