[ドラマで気になるアノ男]

90年代を象徴する“脱力系”俳優、浅野忠信が『刑事ゆがみ』で見せる“ヘラヘラ”ぶり

2017/11/27 21:00
 

ありがとうございます?44歳になりました❤

浅野忠信さん(@tadanobu_asano)がシェアした投稿 –

 視聴率は苦戦しているものの、『刑事ゆがみ』(フジテレビ系)が毎週面白い。

 木曜夜10時から放送されている本作は、ドラマ化もされた『弁護士のくず』(小学館)などで知られる井浦秀夫のマンガを原作とする刑事ドラマ。浅野忠信が演じる弓神適当と神木隆之介が演じる羽生虎夫という2人の刑事が難事件を解決していくバディモノだ。第1話は電車痴漢の事件、第2話では女性教師と生徒の恋愛が描かれ、毎回、女性が絡む犯罪を取り上げるのが大きな特徴。


 劇伴が抑制的で、画面の緊張感が異常に高いため見ていて引き込まれる。チーフ演出は『ガリレオ』や『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』(ともにフジテレビ系)などで高い評価を得ている西谷弘。映画監督としても好評価を博している西谷だけに、映像だけでも見応えがある。放送こそ地上波のプライムタイムだが、深夜ドラマやインディペンデント系のマイナー映画を見ているようだ。

 今のテレビドラマのほとんどが、画面の隅々にまで照明を当てた明るい映像に、わかりやすい台詞と音楽をかぶせてテンポの良さを前面に打ち出しているのに対し、色味の少ない灰色がかった映像を用いて、重たいストーリーを淡々と見せていく本作の存在感は、目を見張るものがある。

 これが一般視聴者の大量離脱を生んでしまったようだが、その一方で、熱狂的に支持する視聴者も獲得している。かつてはフジテレビの人気ドラマ枠だった月9や木10が、視聴率の面でここ数年は苦戦している。そんな中で何とか突破口を見いだそうと、こうした独自の空気感を持った作品が生まれていることは評価したい。

◎90年代、等身大の若者像となった浅野の演技

 映像が醸し出す雰囲気もさることながら、何より最大の魅力は神木と浅野が演じる2人の刑事のやりとりだろう。特に浅野は、何をしでかすのかわからないトリックスター的な刑事・弓神を怪演しており目が離せない。本作の面白さの大半は、相手の話を聞かずにヘラヘラと笑いながら平気で法律違反をして犯人を追い詰めていく、弓神のえたいの知れなさに支えられている。理解不能な事件を理解不能な刑事・弓神が探求し、間にいる羽生が翻弄されるという構造が面白さだ。


 それにしても、こういう浅野を見るのは久しぶりである。今ではハリウッド映画の『バトルシップ』や『マイティ・ソー』のような娯楽大作や『沈黙‐サイレンス‐』のような文芸大作に出演する日本を代表する大物俳優となった浅野だが、90年代の浅野は、弓神のように正体不明の不気味な雰囲気を漂わせる俳優だった。

 浅野のニヤニヤ笑いながらボソボソとしゃべる脱力系の演技は、リアルで自然な演技が求められた90年代を最も象徴するものだろう。

 もともと、『3年B組金八先生第3シリーズ』(TBS系)のようなテレビドラマにも出演していたが、脱力系の芝居がテレビドラマとは合わず、活動の中心は若者向けのマイナー映画だった。『PiCNiC』等の岩井俊二の映画に出演して注目されるようになると、青山真治の『Helpless』や石井克人の『鮫肌男と桃尻女』、三池崇史の『殺し屋イチ』といった映画に出演して、邦画に欠かせない存在となる。中でも印象的だったのは井坂聡監督の『Focus』という、ドキュメンタリータッチの映画だ。主演の浅野は盗撮マニアの青年・金村を演じ、そこでの浅野の姿は、とても生々しく、ヘラヘラした演技を“してないように見える”芝居がとても不気味で、弓神に通じるものがあった。

 これをメジャーなテレビドラマでやっていたのが木村拓哉だ。今では「何をやってもキムタク」といわれてしまう癖の強い木村の芝居も、90年代は等身大の若者のリアルを体現するナチュラルなものとして評価されていた。浅野も木村も当初は、どこにでもいる若者を体現する俳優として登場した。しかし、キャリアを重ねて彼らの知名度が上がっていくと視聴者の方が見慣れてしまい、「木村拓哉なら木村拓哉」「浅野忠信なら浅野忠信」というキャラクターを演じているようにしか見えなくなってしまう。

 おそらく、浅野はそのことに自覚的だったのだろう。昔のような脱力感は抑制され、ハリウッドで大作映画に出演するようになって以降は、“普通の演技”ができる俳優へと変わっていった。その姿に俳優としての成熟は感じるものの、どこか物足りなかった。

 対して、『刑事ゆがみ』の弓神には90年代の浅野をアップデートしたような不気味さがある。毎回だとさすがに飽きてしまうが、時々こういう芝居を見せられると、やっぱりうれしい。ドームツアーを成功させたかつてのカルト・ミュージシャンが、小さなライブハウスで昔の名曲を披露する姿を見ているかのような贅沢な体験なのだ。
(成馬零一)

最終更新:2017/11/27 21:00
オールスター90'sベスト
長くやってると時代もめぐってくるもんだわ