不倫関係の男とSM行為に溺れる女が、恋の酔いから醒めていく時を描く『たまゆら』
恋には必ず賞味期限が存在する。燃え上がっている時には恋もセックスも底知れぬほどに気持ちが良いが、ふとした瞬間に恋心は薄れてゆくものである。女は、相手に対して愛情が薄れてくると、まるで重箱の隅をつつくように、相手の悪い部分に目をこらすようになる。
今回ご紹介する『たまゆら』(幻冬舎)は、官能小説界で第一線を切る女流作家である藍川京の「純愛官能小説」である。
主人公の霞は新進気鋭の官能小説家だ。彼女はとあるパーティで、一回り以上年上の画家・神城と出会う。既婚者の霞は、離婚をして独身である神城に惹かれ、また神城も霞に思いを寄せる。2人は電話やメールではなく、手紙で言葉を交わしながら、互いの気持ちを確認していった――数回2人きりで会った後、ついに体を交わす。
幼い頃に叔父と叔母がSM行為をしている様子を盗み見てから、神城は、女性を戒めることでしか快感を得ることができなくなってしまった。対する霞も、肉体的なコンプレックスがあることから、そういった行為に憧れていた。夫とのセックスから縁遠くなりながらも、毎日のように官能小説を書き続けている霞は、貪るように神城とのセックスに溺れていく。
執筆時間と家事の合間を縫って、夫の目を盗み、霞は神城と逢瀬を重ねた。2人が住む地の中間地点である横浜のラブホテルで会うことがほとんどであったが、時には京都や北海道の支笏湖へ旅行に行くこともあった。しかし霞にとって、神城の存在は徐々に負担になってゆく。着実に知名度が上がり、執筆依頼も増えて行く霞だったが、神城のほうは仕事よりも霞のことを優先していた。筆一本で稼いでいこうと覚悟を決めていた霞は、何よりも小説を書くことを最優先としていたのである。
神城への愛情が徐々に薄れていくことを実感していた霞。そんなある日、神城に「去年行った支笏湖へ行こう。霞と紅葉を見たい」と誘われる。しかしその頃、夫と松山へ旅行に行くことが決まっていた霞は、神城との旅行を断った。その後、2人の運命は思わぬ方向に向かっていく――。
霞と神城、2人の心を強く結びつけていたのは「SM」であった。霞は男に身も心も支配されることを望んでいたのだが、小説家として生きることを何よりも喜びと感じていたため、仕事よりも恋愛を優先する神城に対して魅力を感じられなくなり、「自分を支配する男」として見られなくなってしまったのだ。
恋に酔い、次第に酔いから醒めていく描写は、読んでいて心が苦しくなる。本作は、大人の恋愛小説としても満足できる作品となっている。官能小説に馴染みが薄い女性にも楽しんでいただける一冊である。
(いしいのりえ)