なぜ「他人のもの」に惹かれてしまのか? 不倫とは真逆の“歪んだ愛”を描く「友だちの彼」
連日のように不倫報道が活発化している昨今である。既婚同士の不倫はもちろん、本来であれば独身同士の健全な恋愛を手に入れられる、独身の女性タレントが、わざわざ妻を持つ既婚男性を選んでいることも多々ある。
なぜ人は「他人のもの」に惹かれてしまうのだろう? 官能小説には不倫や不貞などをモチーフにした作品はあまた存在する。老若男女問わず「他人のもの」に惹かれ、セックスをするという行為は非常に魅力的なのだ。そんな禁断の関係のなかで最もスリルが味わえ、かつ、そそる題材なのは“友達の彼”ではないだろうか。
今回ご紹介する『ハニー ビター ハニー』(集英社)は、甘さの中にもほろ苦い味わいのある短編が9作収録されている。
特に注目したいのが「友だちの彼」だ。タイトルの通り、大学生の主人公・里穂は、同じ大学に通う親友の沙耶香の彼・陽平と定期的に寝ている。沙耶香からの電話をベッドの上で着信し、“友だちの彼”である陽平の愛撫を受けながら平然と受け答えする――玄関先で彼の口の中に入っていたブルーベリー味のガムを口移しで受け止めるのが2人の習慣だ。
彼と初めてセックスをして1年になる。もともと沙耶香との交際について、陽平から居酒屋で飲みながら相談を持ちかけられた里穂は、「沙耶香が元カレと連絡を取っている」という陽平の告白を受け、沙耶香への「仕返し」として「自分と寝てみては?」という冗談まじりの提案をした。そして冗談は現実となり、現在に至っている。しかも里穂は、陽平に惹かれている自分に気づいていた――。
物語は里穂の視点で淡々と語られてゆく。「なんとかしなきゃいけない」と感じていた里穂だが、体を重ねれば重ねるほど陽平の魅力に溺れてしまう。
ともすると、女同士の友情によくある、マウントを取りたいために友達の彼と寝るのかと感じそうだが、里穂は沙耶香のことも大好きなのだ。里穂が陽平と寝ることの延長上には、沙耶香への気持ちが存在している。この物語は「他人のもの」を取るスリルと高揚感を得たいのではなく、大好きな女友達との「おそろい」を共有したいという、幼く残酷な里穂の心情の表れではないかと筆者は考えている。
若い女友達同士が「双子コーデ」と称したおそろいの服を着たり、同じ趣味を楽しんだりすることの延長で、彼氏を共有する――巷を賑わせている不倫報道などとは真逆の、ピュアな心情が歪んで生まれる感情を、この物語は表現しているように思う。
(いしいのりえ)