夫の人生に何も間違いはなかった。今も彼と娘との関係は友好的【別れた夫にわが子を会わせる?】
――離婚を決意したきっかけは、なんですか?
「娘がクローゼットの陰で泣いてるのを見てしまったからです。東京に引っ越して1年ぐらい、それを見たときに『もうダメだ』って。子どもの精神状態がやばいと思って、『これはよくない。まずとにかく、夫と空間を分けるべきだ』って思ったんです。
それからすぐ、どうやって離婚するかを調べ始めました。別居中の婚姻費用のことや、どういう段取りで離婚していくものなのかを、法テラス(無料法律相談)に行ったり、行政に相談しに行ったりして、教えてもらったり、本を読んで調べたりしました。調べると同時に、離婚後の生活の青写真を描きました。離婚するからにはガッツリ働こうと思って、いろいろ仕事の態勢を整えたんです。
調べた後は夫の説得です。夫は、私が離婚したがってる意味がわからない。だから全然、話し合いが進まなかったですね。それで『本当に離婚したくないなら、策を考えなよ』って助け舟を出すんですが、提案してこない。公正証書とか事務的な決めごとを持ちかけると、逃げ回る。
別居の話し合いの中で、双方がどこに住むかも話し合いました。『娘の近くに住みたいんなら、どうぞ。それで、いつ出ていくの? 年度末の3月31日がいいんじゃない? 期限を過ぎたら、日割りで家賃をもらうわよ』と話すと、夫は『やっぱり、実家に帰るよ』って答えましたね。そして劇団員の仲間に手伝ってもらって、引っ越していきました」
――娘さんには、どう説得しましたか?
「夫婦はやめたけど、親はやめられないという定義のもとに“離婚”しました。『パパとママは、仲良くできないんだ。楽しくないでしょ、この家庭。だからごめんね。パパとママ、夫婦はやめる。でもパパは減らないよ。ママがもし再婚しても、二番目のパパが増えるだけだよ』って娘には言って、納得してもらえました」
岡田さんは、夫と別れる。面会の条件などを記した公正証書を先に作った上で、面会もすぐにスタートさせた。
――それで旦那さんは、ほかに仕事を見つけたんですか?
「最近は、タクシーの運転手をしているらしいです。すると、今度はタクシーのシフトが入ってしまって、役者のシフトを整理できなくなる。彼は不器用なので、自然と役者の仕事に手が回らなくなった。岩にしがみついてでも役者をやりたいんだっていう意地があったら、私は支えてもよかったんです。だけど、弱気になって、何がしたいのかわからなくなっちゃってた」