カルチャー
『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』ユン・ジェホ監督インタビュー

“脱北者”は、なぜ韓国に渡るのか? 女性ブローカーの人生が語る、南北分断と家族の別離

2017/06/08 15:00

――マダム・ベーが脱北者たちを連れて韓国を目指しますが、あの脱北ルートも驚きの連続でした。すごくハードでしたよね。撮影での苦労は、どんなものだったのでしょうか?

ジェホ監督 ラオス、タイ・バンコクを経て韓国に向かうルートは、本当にキツイものでした。スタッフは僕ひとり。特に山を越えるときは、雨が降って来て、滑りながら13時間余り歩き続けました。あのときは足を怪我してしまい、一応撮影はしていましたが、正直それどころではありませんでした。

 赤ちゃんを連れて脱北ルートに挑戦する女性もいました。脱北の理由はそれぞれあると思いますが、やはり韓国が同じ言葉、同じ文化、同じ食事であることは大きいと思います。でも、北朝鮮で平民だった人は韓国でも平民だし、北朝鮮で高官だった人は韓国でも高官です。そこは何も変わらないので、韓国へ渡って彼らが果たして幸福になれたかどうか、僕にはわかりません。

――マダム・ベーは、現在どのような生活をしていますか? また、この映画についてどんな感想を語っていましたか?

ジェホ監督 彼女は今、韓国で一人暮らしをしながら、バーを経営しています。そこでの収益金を、中国と北朝鮮から韓国へ連れてきた夫や息子に渡しているのです。中国の家族とも北朝鮮の家族とも同居していない理由は聞いていないのですが、もしかしたら双方の家族を傷つけたくないからではないかと思います。もちろん、映画を見てもらいましたよ。マダム・ベーは、すごく笑って見ていました。そして脱北ルートをひたすら歩くシーンでは「いちばん大変だったのに短い!」と言われたので、「撮影するどころじゃなかったから、あまり撮っていないんだ」と正直に答えましたよ(笑)。

■南北分断の中で生きる家族が、僕の映画のテーマ

――監督は前作『ヒッチハイカー』でも脱北者を描いていますが、なぜ彼らに惹かれるのですか?

ジェホ監督 脱北者に惹かれているわけではないのですよ。韓国における偏見と南北分断が、個人の人生を破たんさせたり、家族の別離を生んだりしていることを見つめていきたいのです。南北分断が引き起こす家族の物語は、人々に共感を与えることができるのではないかと思っています。

――では今後、どんな映画を撮っていきたいですか?

ジェホ監督 今後4~5年は、南北分断と家族をテーマに映画を撮っていきたいです。次に取り掛かる作品はドキュメンタリーではないのですが、家族の和解をテーマにした物語です。和解するには、ぶつからないといけない。でも、ぶつかるためにはお互いを知ることが重要で、お互いを知るためには、相手に対して一歩踏み込まないといけない。その一歩を踏み込むかどうかで、結果は変わっていきます。それが今の韓国社会を映し出すのではないかと考えています。

 僕は南北分断以降に生まれた世代なので、分断を意識することが家族関係に反映されるのです。僕の父は北朝鮮が大嫌いです。その原因は朝鮮戦争ですが、いくら親子でも父の憎しみの気持ちを僕に押し付けることはできません。僕は、会ったこともない人々を嫌いにはなれないからです。そのような気持ちを抱くようになったからこそ、僕は家族や分断について映画を撮り続けたいのです。

――先日、裁判が始まりましたが、パク・クネ前大統領が弾劾裁判で罷免され、失職、逮捕された件も含めて、不安な要素も多いようです。今の韓国についてどう思われますか?

ジェホ監督 今の韓国は変化の途中であり、世代交代の波を感じます。なぜなら、僕らが若いときはSNSなどなかったので、プロパガンダの中で育ちましたが、今の若者はSNSで自由に自分の考えを発信できる場を持っているのです。ある意味、メディアに左右されない世代ではないかと思います。僕は30歳を越えて自我に目覚めた感じがありますが、おそらく今の若い人は、もっと早く目覚めるでしょう。政府が望むような影響を受けない10代が出てくるのではないでしょうか。僕はそのように肯定的に見ています。彼らが40歳を越えたとき、韓国にどんな変化をもたらしてくれるのか期待しています。
(斎藤香)

ユン・ジェホ監督
韓国・釜山生まれ。フランスで、美術、写真、映画を学ぶ。短編映画『約束』がアシアナ国際短編映画祭の大賞を受賞。ほかにドキュメンタリー映画『北朝鮮人を探して』、短編『ヒッチハイカー』などの作品を発表している。『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』は、モスクワ国際映画祭、チューリッヒ国際映画祭にて、最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。

(C)Zorba Production, Su:m

『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』
2017年6月10日、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
公式サイト

最終更新:2017/06/08 15:01
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