精神状態が悪化しながらも寄り添う中高年の愛――『人間仮免中つづき』が感動の嵐を呼ぶ理由
セックスワーカーでありAV女優、舞台女優、そしてマンガ家でもある卯月妙子。長年、統合失調症を患い、その症状によって歩道橋から投身、顔面崩壊し、右目を失明したことを綴った『人間仮免中』(イースト・プレス)は、壮絶な内容とユーモラスな語り口で大きな反響を呼んだ。それから約4年半ぶりの続編『人間仮免中つづき』(小学館)は、小泉今日子が帯に「愛ってすごい!愛って尊い!」とのコメントを寄せており、精神状態が悪化しながらも寄り添う中高年男女の姿が大きな感動の嵐を巻き起こしている。
■精神状態が悪化する中高年の同棲生活
前作『人間仮免中』は、寺山修司の詩『ロング・グッドバイ』の一節とともに、歩道橋から飛び降りる衝撃のシーンからスタート。一方、今作『人間仮免中つづき』は25歳年上の恋人「ボビー」との穏やかな日常風景から始まる。前作は、ボビーの仕事の都合で、彼女がひとりで北海道に引っ越すエピソードで終わっていた。北海道と東京は行き来できない距離ではないが、仕事と病気を抱えたふたりは年に2回会えればいい方で、最後の1年は電話とメールのみ。彼女の病状も悪化し、寝たきりに近い状態だったと明かされる。
そして、いよいよボビーが仕事を退職し、北海道でのふたり暮らしが始まる。食卓を囲み晩酌をして笑い合う。10月の北海道で、まだ生き延びているハエを見つけて応援する。ささいなことだが喜びに満ちた日常だ。その間にも、統合失調症の陰性症状である幻聴と幻覚が現れたり、些細なことで癇癪持ちのボビーと衝突したりするが、病状は次第に安定する。
それが一変する出来事が起きる。彼女が新薬を試すことになり、その副作用で極度のハイ状態に。1晩に30通もLINEを送り、妄想をノートに書き続ける。更年期も重なり、ますます精神状態は混乱を極めていく。暴走する彼女と意思疎通が取れず、介護に疲れたボビーは、1日中お酒を飲んで、パソコンを眺めるだけの、無気力な状態になる。一方、幻覚・幻聴が激しく、外出もままならない卯月は、トイレットペーパーが残り1個というだけで錯乱状態に陥るほど。さらに、体が限界を迎え救急搬送される事態に。まともな会話がなかったふたりは、これがきっかけで、年齢的にも病状的にも、これが最後のタイミングかもしれないとお互いに向き合う覚悟を決める。
■死ぬまで一緒に生きるとは
巻末に、番外編として東日本大震災のエピソードが収録されている。卯月は岩手県宮古市生まれ。地震発生から、親しい身内や友達の生存が確認できるまで、そしてそれによって精神のバランスを崩す様子を、記憶のみを頼りに一気に描いたという。生と死は紙一重。そのどちらになるのか、決定権は自分にはない。卯月妙子は、自ら死に向かって突進しているように見えることもあるが、『人間仮免中』『人間仮免中つづき』の2作を通して読むと、生きようとあがき、子どものように愛に手を伸ばし続けているのだとわかる。それを支える強靭なボビーとの出会いは、奇跡だったのかもしれない。
本作には、ボビーの寝顔が何度か登場するのだが、顔の輪郭をなぞるようにして描くその絵からは、ボビーへの愛しい思いがあふれている。本作の最後に、ふたりは入籍した。離婚歴もあるふたりがなぜ「結婚」を選んだのか? 中高年の結婚は、見栄や世間体のためでもない。ふたりで死ぬまで生きるとはどんなことか、深く考えさせてくれる作品だ。
(松田松口)