「命の選別」は認められるのか? 生殖医療の専門医師が語る、技術の進歩と人間の多様性
■DNAレベルでの変異は全員持っている
――遺伝にまつわる生殖医療を考えるとき、「ダウン症」の出産前診断が議論されていると思いますが、生殖医療という観点からどうお考えになりますか?
石原 遺伝的なハンディキャップがある方は、人体にもわかりやすい変化が起こるわけです。ダウン症は染色体の本数の違いによって生じるものですが、DNAレベルでの変異は全員持っているんですよね。あくまでも完璧っていうのはありえない。
いろんな人がいて、さまざまなキャラクターだとか、アイデンティティの人を広く許容して、社会を構成していくべきです。強い人は弱い人を助けなければいけないと思います。生まれてくる子どもたちに関する社会的なケアは100%徹底されるべきです。しかし、子どもを育てる上で、上の子がハンディキャップを持っているから、下の子はなんとか健康な子どもがほしいという思いを否定することはできない。遺伝子診断を禁止するのは、あまりにも無理があります。
一方で、男女産み分けは明らかに行きすぎです。しかし、たとえばパキスタンで行われる出生前診断の99%は性別診断です。国連やWHOは非難しているのですが、慣習として根付いているものを変えるのは難しいと思います。
――先生は命の選別ということについてどう思われますか?
石原 正直、中絶は嫌です。それにくらべると着床前の出生前診断の方が受け入れやすいです。しかし日本の場合、中絶は平気な人が多い。妊娠中期の中絶は今ものすごく増えていますので、そこは違和感があります。
■人間を「男」「女」だけに分類することには抵抗がある
――性同一性障害も遺伝子の問題とされていますが、原因については明らかではありませんよね?
石原 遺伝上の性別は「Y染色体」があるかどうかによって基本的に左右されます。「Y染色体」があれば男性になります。例外として「Y染色体」がなくても、「SRY」という遺伝子があれば、精巣になることもあります。胎児精巣からの男子ホルモンの有無によって、胎児期に男女の差ができます。
さらに、精巣から「アンチミュラー管ホルモン(AMH)」が出ていると子宮や膣ができなくなります。その段階で“生殖器による男女の差”ができますが、心の性別がどうなるか、今のところわからないんですね。胎児期に母体から受ける性ホルモンレベルが関わっているなど、いろんな説がありますが、今のところ明確な証明はできていません。それほど単純なものではないのです。
――現状は生殖器によって男女2タイプに分類されていますが、そのことについてはどう思いますか?
石原 性別は、生まれた時点の外陰部の形態により、医師や助産師さんが男女どちらかに決めているという状況です。ただ、特に女性の外陰部はかなり個人差があり、男女の差が曖昧なケースもあります。にもかかわらず、「何が正常か」「何が普通か」ということばかりが強調されます。そうした意味からも、人間を「男」「女」だけに分類することには抵抗があります。
「性同一性障害」という言葉自体、障害として捉えようとしていると思うのですが、基本的に病気ではないことを、しっかりと理解するべきです。それに、男みたいなところもあるし、女みたいなところもある人がほとんどではないでしょうか。はっきりしない人もいる、中間的な人もいるわけですから。男性“性”とか女性“性”、両極端を強調して、どちらかに近づけようとするのは正しくないと思います。
(末吉陽子)