「命の選別」は認められるのか? 生殖医療の専門医師が語る、技術の進歩と人間の多様性
近年、生殖医療技術が革新的に進歩している。今年9月27日には、米国ニューヨークのニューホープ不妊センターで、母親の病気が遺伝するのを避けるため、第三者の女性のミトコンドリア(細胞の中にありエネルギーを産生する小器官)を使う技術で新生児を誕生させることに成功したと伝えられた。厳密にいうと、この受精卵は3人分のDNAを含むことから、技術の進化に追いついていない法の整備も急がれている。
タブー視されがちな生殖医療と生命倫理の折り合いをどうつけていくべきなのか。生殖医療の現場に精通する埼玉医科大学医学部産科婦人科教授で、『生殖医療の衝撃』(講談社現代新書)の著者である石原理氏に聞いた。
■新技術で誕生した子どものフォローアップが欠かせない
――先日、3人の親を持つ子どもの誕生が話題になりましたが、どのような技術なのでしょうか?
石原理氏(以下、石原) 遺伝疾患を回避するために、ミトコンドリアを移植するという技術になります。ミトコンドリアに由来する脳の障害として、「リー脳症」という病気が知られていますが、それを治療するには変異の起こった遺伝子のミトコンドリアを健康なものに取り替えればいいわけです。
そこで、さまざまな技術革新により誕生したのが「核移植」です。卵子には、人間の設計図になる核とミトコンドリアが含まれています。そのうちミトコンドリアに異常がある場合、核だけを取り出し正常なミトコンドリアを持つ“別の女性”の卵子に移植。その卵子と父親の精子を受精させます。
これにより、核の遺伝情報はそのままで、ミトコンドリアなどの他の部分は新たな細胞に由来するものになります。ただ、「ミトコンドリアの母」といえる第二の母も同時に誕生することになるわけです。
――ただ、生殖医療は成功して終わりではなく、長い年月をかけて検証する必要がありますよね?
石原 おっしゃる通りです。今回の核移植によって、元気な子どもが生まれたと報告されていますが、5年10年、さらにもっと年月がたってみないとわかりません。
たとえば、1992年に「顕微授精」で最初に生まれた子どもたちのうち、成人になった男性の精子を調べたら、普通の男性に比べて精子数が少なくて運動性が悪いことがわかりました。ただ、顕微授精でしか受精できない父親の精子とくらべると、通常妊娠が可能なレベルなので、父親の遺伝情報だけに左右されるわけではないということが証明された結果だと思います。
「顕微授精」は卵子に器具を差し込む、いわゆる侵襲を伴う受精とあって、それまでにはあり得ないとされていた方法です。「顕微授精」に限らず、新しいテクノロジーで誕生した子どもについて、後々の影響の有無を明確にする上でも、フォローアップが欠かせないと思います。