「楽しすぎて、日が昇っているうちに働けない」 小豆島へ移住した独身女性ルポライターの自由な生活
世界各国を旅して屠殺の現場をまとめた、衝撃的すぎるルポ『世界屠畜紀行』(解放出版社/角川文庫)がベストセラーになったルポライターの内澤旬子さん。その後も、3匹の子豚を軒下で育て、自分で食べる『飼い喰い――三匹の豚とわたし』(岩波書店)を発表するなど、好奇心の赴くまま、驚きの行動力を見せ、数々の作品を発表してきた。
その一方で、38歳で乳がんを患い、のちに離婚も経験。そして、今度は東京を捨て、小豆島へ! 神奈川で生まれ、東京へ移り住み、ずっと都会に生きてきた内澤さんが、はたして島で暮らしていくことができるのか。
『漂うままに島に着き』(朝日新聞出版)は、まもなく50歳を迎える内澤さんが、東京が“ムリ”になった理由、小豆島の空き家巡礼、移住の決め手、島での暮らしぶり、1年住んでわかったことなどをまとめた顛末記だ。その発売記念イベントが、8月17日に下北沢の本屋「B&B」で開催された。
イベントでは、「B&B」のスタッフ・木村綾子さんの司会進行のもと、「なぜ小豆島へ」「仕事に影響はないのか」「妙齢の独身女性が移住して、変な目で見られないのか」などなど、客席からの質問について、バンバン答えてくれた。
■先の先までビル。この景色を見て、ずっと暮らすのかと思うと憂鬱に
『漂うままに島に着き』の冒頭には、こう書かれている。
「やっぱり東京を出よう!(中略)高額家賃を払いながら、年老いていくなんて、バカバカしすぎる!」
東京はご存じのとおり、家賃が高い。ものすごく高い。地方から上京し、東京に住んだことのある人、あるいは、住もうと思って不動産屋をめぐった経験がある人ならば、「こんな部屋で、この家賃!?」と驚愕したことがあるハズ。
内澤さんは、2005年に乳がんを患い、その時のホルモン療法の副作用によって、狭い場所が苦手になった。それで、すっからかんの、何もない、静かな部屋で暮らしたくなった。とはいえ、ある程度は処分しても、本や今後に必要な資料までは捨てられない。文京区暮らしで、家賃が10万円超え。連載仕事を増やして、たくさん稼がねば。仕事をもらえるのはありがたい話だが、書くのが遅く、ほとんどの時間が仕事に費やされてしまう。
そこで、この現状を打破するには、家賃が安くて、広い場所のある地方へ行く。これしかない!と行動に移したのだ。同書には、その他の理由がいろいろと書かれているが、なんでまた小豆島へ?
「小豆島を選んだのは、本当に偶然です。尊敬する装丁家の平野甲賀さんからの紹介で、たまたま(瀬戸内海の)小さな出版社『サウダージ・ブックス』さんのイラストを描くことになって。その平野さんご夫婦が、小豆島へ引っ越した。それで、平野さんのところへ遊びに行って、知り合いが増えたり……。特に小豆島が大好きで、ということもなく」
ものすごく深い理由はない? とはいえ、トークを聞いていると、どうやらご縁がきっかけで足を運ぶうち、だんだんと土地勘もついてきて、またいろんな人に親切にしてもらったとのことなので、「人」が大きなきっかけになっているのは間違いなさそうだ。
■日常が楽しすぎて、9時から17時に仕事ができない
震災以降、確実に地方への移住者が増えた。東京オリンピックの開催決定によって、再び東京へと引き寄せられた感はあるが、それでも東京に対してさまざまな不安を覚え、去っていく人も多い。とはいえ、地方移住に伴うのが、仕事への不安。ぶっちゃけ、やりづらさがあるのでは? そのことについて、木村さんから質問が及ぶと、内澤さんは「ちょっと感じます」と言う。だが、その理由は予想外だ。
「あのぅ、太陽が昇っているうちは、ヤギと遊んだりして楽しいんで、仕事する時間が……。友達の作家・高野秀行さんに、『9時-5時に仕事できない』と言ったら、『バカッ! 何だそれ! あきれてものが言えないよ、内澤さん』と言われまして……」
担当編集者の前で、申し訳なさそうに発言する内澤さんに、会場は爆笑。ちなみに、日々の生活はこんな感じだそう。
朝5時頃にうだうだしながら起きると、ヤギのカヨちゃんがメーメー鳴いて「出してくれ、出してくれ」というので日焼け止めを塗り、ヤギに餌をあげるために、草地へ。帰ってくると、汗だくになりながら、ヤギ小屋や自宅などの整備といったDIY仕事や、捕れた猪や鹿を知り合いの猟師からもらって解体、畑や庭で採れる作物の収穫などの「仕事」をこなして、シャワーを浴びる。眠くなるも、頑張って目を覚まし、朝ごはんを食べる。それが、大体10時前。そこからは、買い物に行ったり、仕事したり。仕事が詰まっている時は、ずっと仕事をする。が、家にいると、どうしてもカヨちゃんが気になってしまい、集中力に欠ける。夕方6時半から7時には、カヨちゃんがメーと鳴き始めるので、餌を求めて再び草地に行く。仕事が本当に切羽詰ったら、フェリーに乗って、高松のドトールへ出かける。寝るのは夜9時か10時くらい。
不安といえば仕事のほかに、住民の反応だ。40代の女性が単身で島に乗り込む。不審な目で見られないだろうか。それについては、内澤さんは「特にない!」とキッパリ。
「島には、30代、40代の独身女性が、本当にいっぱい暮らしていらっしゃって、珍しくない。移住者が多いんだよね。それから、出ていく人も。だから、島の人は、この人はいつくのかなぁ……? と思いながら見てると思います。だから、あまり歓迎しても、ひょっとしたらすぐ出て行ってしまうかもしれない、という気持ちじゃないかなぁ」