応募条件“我こそはと思うブス”――炎上した「ブスiD」オーディションの波紋と背景
■「怒ったり叩いたりする人は、美醜に強いこだわりがあるはず」
そこで、イベントを立ち上げた主催のWEEK-END代表・柴崎大智氏に話を聞いた。まず企画意図については「決して女の子の容姿をバカにするためではなく、新しくて面白いアイドルを考えた時のひとつの切り口だった」と語る。
「3年弱ほど、アイドルのライブイベント運営スタッフをやっていた中で、アイドルを目指す女の子の気持ちや、バンドやお笑いとはまた違う特殊性を持ったアイドルファンとの関係性などにアプローチした企画をやりたいと考えていた。ブスiDでは、女の子の容姿に言及して一番のブスを決めようといった方向ではなく、“ブスiD”と名のつくイベントに応募してきてくれる女の子たちの、“ブス”という言葉への引っかかりや独自の考え、顔が整っているかどうかの外見至上主義だけではないアイドルの可能性を探ってみたかった」(柴崎氏、以下同)
イベントの最後ではグランプリや特別賞の受賞者は決まったものの、審査員の中でも審査基準がバラバラだったと言う。その点については、「いわゆるわかりやすい“ブス”という言葉に対する自覚、独自の分析や考察、歌やパフォーマンスのポップなアピール、イベント参加への覚悟、今後の成長が楽しみな素人感、など審査員それぞれの意見が受賞者に対してありました。賞には漏れたものの、“アイドル”という領域を超えた別ジャンルの表現をしている人も評価が高かった」と、総評する。
女の子の容姿について、ダイレクトな議論が常に付きまとうのがアイドルの世界。おそらくこれまでにも多くの人間が、冗談半分であれ、ブスiDのようなイベントを思いついてきたであろうが、実現させるには相当なリスクがある。柴崎氏は数々の批判も覚悟の上で開催したと言い、「アイドル像や美的価値観は一人ひとりで違うから、批判も当然」だと受け止める。しかし、そもそもの企画意図について十分な説明がなされなかったがために、さまざまな思惑や意見が飛び交い、ネットが炎上した点については、反省の言葉も口にしていた。
また、「1人もブスがいない」という批判については、「通常のアイドルオーディションでも必ず『1人も可愛い子がいない』と叩く人が一定層いる」(柴崎氏)のだそうだ。さらに「“ブスiD”自体に怒ったり叩いたりする人は、美醜に強いこだわりがあるはず。自分の“可愛い”が客観的な“可愛い”と合致しないと怒る人も。女の子本人たちだけでなく、彼女たちを見る人たちの心理や意識についても今後探っていきたい」と語った。
■女子が「ブス」を取り戻そうとしている
審査員として会場にいたロマン優光氏にも話を聞いた。同氏は、イベント前に自身のTwitterでブスiDについて、「見たくないのは、『ブスが下品におどければ面白い』みたいな旧態依然としたステレオタイプなものに自身の身をはめこんで道化を演じる善良な人や、自分が男性に与える魅力が十分にあることを自覚していながら口では私ブスだからというような人が安易に目立ちたがる姿です」と、企画への懸念を示していた。その点については以下のように振り返る。
「とりあえず参加することで名を売ろう、ブスの中にいたら自分は可愛いだろう、という思惑ではなく、アイドルというジャンルに縛られなくとも何者かになりたい欲望と自信のなさの葛藤、その葛藤を通じて自分の表現を突き詰めている本気の人を見たかった」(ロマン氏、以下同)
また今回のイベントでは数多くの男性客が会場につめかけていたが、「ブスを見て笑いたいということではなく、『この人が主催するイベントならとりあえず面白いだろう』という運営さん(柴崎氏)のファンや、容姿だけではないアイドルの表現が好きな人、今のアイドルシーンにはない“何か”を求めている人などが多くいたのではないか」と分析。彼らが求めていたものは、女の子の顔ではなかったようだ。
そこで外見至上主義に依らないアイドルの可能性について聞くと、歴史的に見てもアイドルグループには「1人くらいはルックス的に落ちる人を入れることは普通」なのだと言う。それは、「あの子の魅力をわかってあげられるのは俺だけ」というオタク的な欲望を刺激しやすいため。今ではアイドル全体のパイが広がっているので、地下アイドルレベルで言えば他グループとの差別化もできるので、「ルックス的に落ちる」子だけで結成したグループも成り立ち、人気を博すパターンもあるのだそうだ。
そもそも「ブス」は、男性から女性に向けられた侮蔑的な言葉。それでは女にとっての「ブス」に相当する言葉は、男にとっての何かを聞いてみると「男の場合は地位や権力、お金など、顔以外の何かが良ければなんとかなるという、伝統的な価値観に今でも支えられている。歴史的に“見られる”立場だった女性とは比べられないのでは」とする。
しかし、「ブス」が男性目線の侮蔑的な言葉であり続けていると同時に、「ブスかわ」や「おブスファッション」など、単純に「顔が醜い」といった意味合いが薄くなっていることも事実。つまり言葉として重みがなくなってきているわけだが、この点とアイドル全体のパイが増えたことが相まって「男性が求める“可愛い”に依存しない、男性的な消費から抜け出そうとしているアイドルも増えてきた」と語る。
私が「ブス」かどうかは、私が決める。男性から容姿を見られることから逸脱しようという動きが、「最も男性から容姿を見られる職業」であるアイドル業界に浸透し始めている。アイドルだけでなく、日本の女子全体が自分たちで「ブス」を取り戻し、再定義していった先にどんなことが起こるのか。今回、「ブスiD」によって噴出した「ブス」へのさまざまな反応は、そのことへの関心の大きさを表していたのは間違いないだろう。
(石狩ジュンコ)