疑似医学やトンデモ教育にだまされないために 大人が知っておくべき情報の取捨選択
「骨盤歪んでるから、整体で直してもらいたい!」「ネットで見たけど、牛乳って体によくないんだって」「生理痛でたくさん薬を飲んだから、デトックスしなきゃ」……女性が集まれば多かれ少なかれ、健康、美容に関して、おしゃべりという名の情報交換がなされるが、その中には“疑似医学”といっていいものも、しれっと紛れ込んでいる。実際は、手で押したぐらいでは骨盤の形は変わらないし、大人も子どももカルシウムが不足しがちな日本人にとって牛乳は良い食品だし、薬は体内にたまらないからこそ、必要に応じて1日に何度も服用する。
医療に関して、正しい知識を得ることは意外と難しい。気になる症状をネットで検索すれば、まさに玉石混交。誰が書いているかもわからないサイトが山のように引っかかってくる。自分のことならまだしも、幼い子どもの不調、病気について調べたいとなると、親は当然、必死になる。何を信じていいのかわからなくて、右往左往する。
子どもの心身の健康という目的地に向かって、子育てという大海原を航海するときに、コンパスひとつないのでは、あまりに心もとない。そんな不安だらけの親たちにとって頼れる羅針盤となってくれる書籍、『各分野の専門家が伝えるー子どもを守るために知っておきたいこと』(メタモル出版)が発売された。産婦人科医の宋美玄氏、小児科医の森戸やすみ氏、内科医のNATROM氏などの専門家が、子育て中の親を惑わせるあやふやな、時に悪意すら感じられる情報を、論拠を挙げながら否定し、正しい知識へと導いてくれる。
医療や食についての知識だけでなく、本書は教育現場に潜む“トンデモ”にも次々と引導を渡していく。「2分の1成人式」「親学」「誕生学」……どれも一見、子どもの正しい成長を促すように見えるため、教師のみならず支持する親も多いが、実際には非常に危険な思想をはらんでいる。それなのに、キラキラとした“善意のようなもの”でコーティングされると、それが見えなくなってしまう。
専門家の解説による本書は、たとえば理系ジャンルへの苦手意識が強い筆者のような人間にとっては、ときに難解な部分もある。一方で、疑似医学はとっつきやすい。「これさえ食べれば健康になれる」「これをしなければ、子どもに悪いことが起きる」といった単純な図式を提示してみせ、それをできる人の自尊心を高め、できない人から親としての自信を奪う。聞こえのいいほうにばかり流されると、そのしわ寄せは、すべて子どもにいく。
できるだけわかりやすく、という専門家の努力が詰まった1冊には、同じく、できるだけ理解しようという努力で応えるのが相応だが、乱暴なことをいえば、本書に書いてあることのすべてを把握できなくてもいい。医療、食、教育についての基本的な考え方を身につけ、どこに疑問をもてば疑似医学やトンデモ教育を遠ざけることができるか。本書を通して読むことは、情報の取捨選択をするためのトレーニングとなり得る。
しかしこの1冊を紹介するとき「親のための」という枕詞から始めるのは、あまりにもったいない。冒頭の“女子トーク”に見られるように、疑似医学は子どもがいるいないにかかわらず、私たちの身近にまで忍び寄ってきている。そうした情報を発信する側に問題があるのは当然だが、いつも買っている雑誌で紹介されていたから、有名人が使っているから、という安直な理由で情報を精査することなく真に受ける側も、いかがなものだろう。ちゃんとリテラシーが備わっていれば、効果がないどころか、時に健康被害につながりかねない情報を鵜呑みにせずに済む。そこにお金を費やすこともなくなる。
また、自分が親でなくても、間接的に子どもとつながっていない人はいない。家族、親戚、友人、同僚……誰かを挟んだその先に、結構な数の赤ちゃんや子どもがいる。SNSでつながっている中にも、子育て真っ最中の人がいるかもしれない。電車に乗れば、ベビーカーの親子と居合わせる。それを意識せずに、軽い気持ちで「紙オムツやナプキンは有害」「マーガリンはプラスチック」などといった、本書で紹介されているようなトンデモ情報を垂れ流せば、結果的に子育て中の親たちを混乱させることになる。自分の無知がめぐりめぐって見知らぬ子どもの健康を損ねるとは、とても怖いことではないか。そこに悪意がなければいいという話ではない。
未熟で、ひとりでは生きていけない子どもの健康が守られる社会は、大人の健康が守られる社会でもある。「子育てにもリテラシーを!」と謳う本書は、社会全体の情報リテラシーをベースアップしてくれるに違いない。
(三浦ゆえ)