「ペットブームは嘘」減少たどる犬の飼育頭数、ペット産業が抱える“悪循環”のウラ側
――維持費を確保できなくなって処分する人も増えているのでしょうか?
太田 それは昔と今とで割合は変わりませんし、殺処分はむしろ減っています。里親に出すというのは公的機関ならどこでもやっています。しかし問題は、繁殖のシステムです。昔は、街のおじいさん、おばあさんが趣味で繁殖していました。犬を飼って、子犬を産ませて、近所の人に譲ったりということが主流でしたし、その子犬を業者に預けるシステムもありました。それが全国で2万軒ほど。しかし、そういった方が亡くなるなどして生産者が極端に減り、多いときで年間100万頭が市場に出ていましたが、今は激減しているものと思われます。
――数が少ないから子犬の値段が上がる、上がるから飼えない、ますます飼う人が減る、という悪循環なのですね。現在は、ブリーダー業者が子犬を繁殖させていますが、どんな問題点があるのでしょうか?
太田 売れない犬がいる、ということです。ブリーダーは繁殖させても1頭につき3回、6~8歳までで、先ほども言った通り今は犬の寿命が14.5歳ですから、6~7年は無駄飯を食べさせることになる。また、生まれた子犬が全部売れるわけではありません。値段が極端に高いと、1~2歳でも売れなくなる。そういった犬を無償で提供すればいいのだけれど、消費者は「ちょっと待っていれば安くなるだろう」と考え始めるため、本来売れるべき年齢の犬も売れなくなります。結果、繁殖できない犬や売れない犬が大量に捨てられることになる。今は少し減りましたが、こうしたブリーダーは反社会的組織がやっていることも多かったので、「生き物を扱っている」という認識が薄いんです。生き物ではなくモノを生産している感覚ですね。
――犬がブランド化している背景には、大量の廃棄犬がいるわけですね。
太田 以前は、保健所や動物愛護センターが廃棄犬を引き取っていましたが、現在は法律で断ることができるようになっています。僕は、これは悪法だと言っているんですが、そういった影響もあり、ブリーダーは、繁殖や商品としてつかえなくなった犬たちを山奥などに捨てたり、穴を掘って生き埋めにしたりすることもありそうです。
――こうした悪循環から抜け出すためには、どうしたらいいのでしょうか。
太田 昔のように、素人が繁殖をすることです。生き物を商品としてしか見られない人たちが、商売として繁殖をするから、おかしなことになる。それに、犬のブランド化も危険です。小型犬のかなりの割合は帝王切開であるため、ブランド化が進めば進むほど、犬の健康は損なわれます。雑種の方がはるかに健康的ですよ。
――ペットを飼いたいという人にとって、高い額のブランド犬と雑種の優先度が逆転することを願います。
太田 新規で動物を飼う人が増えるきっかけになるのであれば、ペットブームといわれるのもよいことかなと思います。ペットを飼うメリットはたくさんあって、子どもの情操教育にいいのは有名ですね。あと猫が喉を鳴らすときの「ゴロゴロ」という音は、人の健康にいいんですよ。「ゴロゴロ」を聞くと穏やかな気持ちになることも知られていますし、まだ研究中ですが、「ニャー」という鳴き声を聞くと、脳の血流が上がり、「ゴロゴロ」を聞くと下がることがわかっています。認知症の一番の問題は、脳の一部が機能しなくなること。ですから、血流が上がったり下がったりすれば、予防できる可能性が高いんです。ちなみにこれは、猫を飼っているエイズ患者に延命効果があったことから始まった研究です。
――猫のゴロゴロで認知症が防げたら、医療負担がグッと減りそうですね。最後に、海外のペット事情から見て、日本の現状はどうなのか教えてください。
太田 ヨーロッパでは、日本のように繁殖を商売にしている人なんていません。ボランティアのようなお年寄りが1~2頭飼っていて、繁殖しています。子犬が生まれたら、えさ代くらいの経費をもらって人に譲渡するんです。そこで稼ごうなどと考えてもいないでしょう。生き物を扱うモラルが浸透しているんです。それに比べて日本はモラルのカケラもないですね。
――ドイツに行ったとき、犬のしつけが行き届いていたことに驚きました。
太田 ヨーロッパでは、犬がバスや電車に乗れるんです。遺伝子や生まれ育った環境のどちらもしっかりしているので、しつけがしやすいこともあり、行儀がいいのでので、どこへでも連れて行ける。日本は「問題が起きたら困る」という理由でペット不可のところが大半です。公共の交通機関にペットが乗れない先進国なんて、日本以外にありません。そういったことを、皆さんに広く知ってもらいたいですね。
お話をうかがうと、日本のペット産業に大きな問題があるようです。生き物を商品として扱い、値段を付けて売ることを起因とし、値段の高騰で、犬を飼う人が減る。犬を飼う=ステータスとなり、血統というブランドを追い求めるあまりペットへの体の負担が増し、しつけがしにくくなる。しつけがしにくいから、もてあまして飼えなくなる。結果、さらに犬を飼う人が減り、犬の数も減ってゆく――この悪循環を、どこかで絶ち切らないといけません。人とペットがよりよい関係性を築くためには、一体どこから始めればよいのでしょうか。「ペットを飼いたいと考えたときに、どういう手段があるのか」を次回考えていきます。
(取材・文=和久井香菜子)
太田光明(おおた・みつあき)
東京農業大学農学部バイオセラピー学科教授。動物介在療法学研究室にて、ヒトと動物の関係学に取り組んでいる。