「文化」という階級が女を苦しめる? 『藏』に見る、女たちが手を取り合う困難さ
◎「家」に反発してみせた女たち
せきの中に変化が起こったのは、弱った父に代わり、烈が酒蔵を継ぐと言い出した時だ。「女は酒蔵に入ってはいけない」という決まり事に固執して猛反対する意造に、烈は堂々と意見する。この時、佐穂と同様、驚きの視線を烈に送っているせきは、いよいよ烈が蔵元となり酒造りが再開されると、それまで女中任せだった台所に入り、蔵人たちのおかず作りに張り切る。「烈さまのお酒造りに、私も力を貸してぇわ」という言葉は、その時の彼女の偽らざる本心だっただろう。
先妻の盲目の娘が、結婚もせず「男の世界」に踏み込み一大事業に取り組もうとしている。それは、男の力に頼って生きてきたせきが想像もしていなかった「新しい女の生き方」だ。烈の決断に、彼女は意気に感ずるところがあったに違いない。
ここで、互いによそよそしかった烈とせきの間に、継母継子の間柄を越えた感情の交流が生まれていたら、どんなに良かっただろうか。だが、伝統酒造の蔵主となった地主の娘と、芸妓上がりの後妻の間には、やはり想像以上の心理的な壁があった。そして、外から田ノ内家に入った者同士、本来なら最もせきの相談相手として相応しかったはずの佐穂とも、気持ちが通じ合うことはなかった。
ついに蔵人の誰かの子を妊娠した彼女が、離婚の決意を漏らした時、その孤独や苦しみを立ち止まって想像することなしに、佐穂は「あんなに世話してもらった旦那様に申し訳ないとは思わないのかね」と叱責する。それに「思いません!」と即答することで、せきは自らを縛り付ける「家」というものに初めて唾を吐きかける。
互いに微妙な思いを抱く2人の女が対面するこのシーン、佐穂を演じる浅野の整った優等生顔が放つ正論に、せきを演じる夏川が項垂れていた頭を決然と上げて言い返す、その強い怒りに燃えた眼差しが刺さる。
もちろん、せきが「家」に苦しめられているのとは別の形で、佐穂も「家」に縛られてきた。そこで互いが互いの立場を思いやり、胸襟を開いてそれぞれが秘めてきた思いを語り合うことができていれば……と思わずにはいられない。
せきのおなかの子は、自分が思いを寄せている幼なじみの蔵人、涼太(西島秀俊)の子ではないかと疑った烈は、激しくせきに嫉妬する。疑いをかけられていることを知った涼太はショックを受け、酒造りをやめて実家に帰ってしまう。後悔し、涼太に謝りに行くと言う烈と、激怒する父、早まるなと諌める佐穂。
この後、無謀にも1人で涼太の実家を目指し、雪山で遭難しかけるも母の亡霊が突然出現して彼女を導いたりして(このシーンはあまりにファンタジックな演出でいささか興を削ぐ)、烈は涼太と再会し、2人の結婚を父に認めてもらい、1人になった意造と佐穂が寄り添うところでドラマはめでたく終了となる。