映画レビュー[親子でもなく姉妹でもなく]

「文化」という階級が女を苦しめる? 『藏』に見る、女たちが手を取り合う困難さ

2016/07/31 21:00

――母と娘、姉と妹の関係は、物語で繰返し描かれてきました。それと同じように、他人同士の年上女と年下女の間にも、さまざまな出来事、ドラマがあります。教師・生徒、先輩・後輩、上司・部下という関係が前提としてあったとしても、そこには同性同士ゆえの共感もあれば、反発も生まれてくる。むしろそれは、血縁家族の間に生じる葛藤より、多様で複雑なものかもしれません。そんな「親子でもなく姉妹でもない」やや年齢の離れた女性同士の関係性に生まれる愛や嫉妬や尊敬や友情を、12本の映画を通して見つめていきます。(文・絵/大野左紀子)

■『藏(降旗康雄監督、1995) 佐穂×烈×せき

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 おばと姪の関係には、独特のものがある。おばにとって姪は、娘ほど近くなく、その分責任も薄いが、頼られれば世話を焼いてみたい相手だ。そこで自分が「話のわかる先輩的な存在」として認められれば、気分もいい。この「斜めの血縁関係」は双方にとって、親子と姉妹のいいとこ取りになるかもしれない。

 私事だが、子どものいない私には、姪が1人いる。妹の娘だ。幼少期から「おばちゃん、おばちゃん」と懐いている姪は大変可愛い。妹に言わせれば、「自分の娘と思えないくらい、性格や趣味がお姉ちゃんにそっくり」とのこと。今、大学で映画の勉強をしている姪は、たしかに私に似たタイプで、ほぼ同じ文化圏に属している。そのことを何となくうれしく思ったりする。

 この反面の現象として、嫁姑をはじめ親族の間でよく起こる女同士のトラブルには、それぞれが身につけてきた「文化の違い」が影響していることが多い。手を取り合って助け合えればいい関係にも、それは影を落とす。


 『藏』(降旗康雄監督、1995)は、大正期から昭和にかけての新潟の造り酒屋を舞台にした、宮尾登美子の小説(角川書店)が原作。母を亡くした娘とその叔母(母の妹)、そして父の若い後妻が登場する。

 物語はたくましく生きる娘と、彼女を見守り続ける叔母との濃密な関係を軸に描かれているが、難しい立ち位置にいる後妻と娘、そして後妻と叔母との、一筋縄ではいかない心理戦が裏にある。後妻(継母)と娘のソリが合わないのはよくある話だが、先妻の妹である叔母と後妻の間柄も、なかなか複雑にして微妙だ。それに触れる前に、まず娘と叔母、2人の関係を見ていこう。

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